小説 川崎サイト

 

サツマイモ

川崎ゆきお


 坂道と紅葉が続いている。下町から上町へ上ってきた増田が、途中でもう足がだるくなった。上町に住む画家から電話があり、久しぶりに語り合いたいらしい。
 同じ美術学校の卒業生だが、上町の画家は売れ、下町の増田はさっぱりだ。
 この町は上へ行くほど金持ちが住む。上り下りが大変だろうと思うのだが、徒歩ではないのだろう。
 増田は門をくぐり、広い庭に出た。紅葉が取り囲んでおり、天気も良く、よく映え、明るい。 
 ログハウスとでも言うのだろうか、丸太の丸みが滑らかだ。
 画家は落ち葉焚の最中らしい。
「元気そうだね」
「ああ、何とか」
「個展の便り、毎回出しているのに、来てくれないから、会う機会がなくてね。それで、呼び出してしまった。すまないねえ」
 画家は耳当てのようなものをつけているように見えるが、実は側頭部の白髪だ。
 増田は、この画家の心境を感じ取ろうとした。滑らかになっている。角が取れたように思える。気が弱くなったのだろうか。
 仲間も少なくなってねえ。まだ現役なのは、僕と君だけだよ。
 増田は取扱説明書などのカットを書いて暮らしている。画家と呼べるシロモノではない。その仕事も減り、今は年金の方が収入が多い。
「出来たかな」
 画家に聞かれ、増田は戸惑った。
「いや、もう絵は書いてないんだよ。絵の具もない。乾燥して使えないや」
「そうじゃなく、出来た頃だと、思った」
「だから、出来てないって」
「そうかな」
 画家は長火箸をたき火につっこんだ。
「焼き芋か」
「そうだ。この季節はおいしい」
 画家は黒くなったサツマイモに、ぐっと火箸を突き刺した。
「出来てるようだ」
「落ち葉で焼き芋なんて、久しぶりだな。子供の頃、一度だけやったことがある」
「食べるね」
「ああ」
 増田は浮かぬ顔をする。これは自然に出した表情ではなく、作った顔だ。
「どうした」
「ああ」
「今は熱いけど、すぐに冷める。熱いときに食べる方がいいんだ」
「あのなあ」
「どうした」
「ああ、何でもない」
 画家はぽいと増田に黒い固まりを投げる。
「あちち」
 増田は焼き芋を何度も持ち替えた」
「まるで、お手玉だね」
 画家は軍手をしていた。だから、大丈夫なのだ。
「うまい」
 画家は口から湯気を上げながら感想を述べた。
 増田の感想は決まっていた。そして、それを言うべきかどうかを迷っていたのだ。
「どうした」
「毎日」
「ん」
「毎日」
「新聞か」
「違う。毎日食べてる」
「ああ、三食食べないとね。この季節、エネルギーがいるから」
「違う。イモ」
「ん」
「だからあ、毎日サツマイモを蒸かして食べている」
「そうなんだ。常食かい」
「主食だ」
「ああ、珍しくも何ともないってことか」
「食べ飽きてる」
「しかしだ」
「なんだい」
「蒸かしと焼きとでは違う」
「まあな」
「それに落ち葉焚だ。これは全く違う食べ物になる」
「そうかなあ、だって、中身は同じサツマイモだろ」
「高い」
「え」
「これは友人が道の駅で売っているサツマイモでね、高いんだ」
「ふーん」
 増田は焼き芋をかじる。
 そして吐き出す。
「皮をむかないと」
「あ、そうか」
 増田は、ほこほこの黄金をかじった。
「筋がない」
「そうだろ」
「これは、違う」
「そうだろ」
「うまい」
「別物だろ」
「うんうん」
「ところで……」
 画家の目つきが変わった。
「何だい」
「手伝ってくれないかな」
「もっと焼くの」
「そうじゃない、絵だよ」
「枝を足すの」
「違う。最近手が震えてねえ。書きにくいんだ。だから、単調なところだけでいいから、手伝ってほしいんだ。ほかに頼める相手がいない」
 美術学校時代、成績は増田の方が上だった。
「しかし」
「だめか」
「筆を長く持っていない」
「大丈夫。難しい塗り方じゃない」
「そうか」
「金は払う。当然だけど」
「うん」
「しかし……」
「な、何?」
「このこと、秘密ね」
「ああ」
 増田は道が開けたと感じた。収入が少しでもほしかったのだ。
 もう毎日サツマイモを蒸かして食べなくてもいいからだ。
 その後この二人は、何の問題もなく、画業を続けたようだ。
 
   了

 


2012年12月4日

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