小説 川崎サイト

 

自宅警備員

川崎ゆきお


 人に歴史ありで、過去の延長線上に、今の自分がいる。
 果たして、そうだろうかと大村は考えた。別の選択があったのではないか、そちら側を選んでいれば、別の自分がここにいるのではないかと。
 しかし、それらも選ぶべくして選んだということにしてしまうと、最初からそれが運命のように思える。
 別の選択肢を選んでいた場合、多少の変化はあったかもしれないが、それでもそれほど違ったものにはなっていないかもしれない。そのため、過去が戻せ、そして選択をやり直せたとしても、風景がゴロリと変わっていればいいのだが、そうでない場合、無駄骨となる。
 大村は定年退職し、今、岐路にいる。選択肢がたくさんあった。第二の人生というやつだ。これを決めることが出来る。選択出来るのだ。
 大村の先輩たちは先に退職している。そして、その後の消息はほとんど聞かない。何もしない自宅警備員になっているのだろうか。
 大村は、参考のため、先輩の一人を訪ねた。
「ああ、いろいろとアイデアはあったんだけどね。結局は山だよ山」
「山」
「風林火山。山は動かない」
「ああ、大将は動かないということですか」
「いや、私は動けなかった。積極的に動くのと、消極的に動けないのとでは違う。私は後者だ。小者のごとく小山だった」
「それで、家の警備をしているのですか」
「何だいそれ」
「自分の敷地内を警邏しているような」
「そんなことはしていないよ。でも書斎は造った。私の城だ」
「それもよく聞きます」
「田中を知ってるかね。あいつは作業所を作った。大工仕事が好きだったからね。先日、電話で聞いた話では、模型を作っておるらしい」
「起業家はいませんか」
「いない」
「じゃあ、みなさんニートのような」
「ああ、籠城している奴が多いなあ。まあ、それでいいんだろうねえ。下手に動くと損をするからね」
「若い頃、やりたかったことを、この機会にやるとかはないのですか。つまり、選択を戻して、別の選択肢をもう一度」
「もう一度ねえ。それはまあ若い頃には出来ただろうけど、この年では無理だなあ。出来ない選択が多いだろ。たとえばボクサーなんて、もう無理だ」
「それは極端ですねえ」
「宇宙人が攻めてきて、地球防衛軍を募集しているのなら、私は行くよ」
「その年で戦えますか」
「何かの役に立つだろう」
「それって、ボランティア方面なら、まだやる気があるって、ことですか」
「そうかな。しかし、大義名分にもよるねえ。非常事態でないと、山は動かんよ。小山だがね」
「僕も先輩のように、自宅警備員になるんでしょうねえ」
「敵なんていないけどね」
「不審者が群がっているような場所だと、やりがいもあるでしょうねえ。家の周りは危険でいっぱいとか」
「そうだねえ。それなら我が家を要塞のように作り替える。金があれば私兵も雇う」
「しかし、平和ですからねえ」
「非常時よりましだよ」
「そうですねえ」
「君はどうするんだ。何かやりたいことがあるのか」
「それで、参考のため、聞きに来たんです」
「そうか、私の知っている限り、大した動きはないねえ」
「今の感じはどうですか」
「山は動かない路線は順調だよ。そのうち、動きたくても、体が動かなくなるけどね」
「そうですねえ」
 大村は退散した。
 よく晴れ、青空が広がっている。
 そこにきらりと光るものが現れ、徐々にその形がはっきりしてくる。空飛ぶ円盤だ。一つ二つ三つ。いや無数だ。数え切れない。
 瞬きをすると、消えてしまった。
 
   了

 

 


2012年12月5日

小説 川崎サイト