降臨
川崎ゆきお
しばらく行っていなかった町の駅に高橋は降りた。まるで神の降臨のように。
その町は若い頃よく来ていた。その頃より身も心も成長したので、上から目線で町を見ることが出来る。決して神の視線ではないが、当時よりも視野は広く、そして高くなっている。
駅前風景はそれほど変わっていない。そのため、懐かしい風景なのだが、何となく縮んでしまい、小さくなったように思える。高橋の身長は当時と同じだ。体重は増えているが。
若い頃は鮮明に見えていた通りの建物も、かすんで見える。これは視力が落ちたのだろう。
高橋がこの町に降臨したのは物語を繋ぐためだ。あのころ、ここでやっていたことと、今やっていることとは違う。だから、過去にやっていた話の続きをやりたいと思ったのだ。
高橋が、この町に来なくなったのはメインストーリーが変わったからだ。
それに気付いたのは布団の中。将来のことをいろいろと考えているとき、一度捨てたネタを思い出した。そして、そのネタを実行していたとき、よく行ったのが、その町だ。
これはただの感傷だろう。失敗した傷口を、覗きに行くようなものだ。しかし、もう時効になっており、懐かしの思い出レベルまだ落ちているので痛くはない。
感傷紀行だけではなく、繋ぎ直せるのではないかという現実面もある。
高橋が、この町に降り立ったのは、それが狙いだろう。昔やっていたことをもう一度やってみたい。しかし直ちに行動するのは怖い。
だから、その一端に少しだけ触れて、慣らそうと考えたのだろうか。または怖いもの見たさかもしれない。
駅前に活気はなく、商店街はシャッター街になっていた。よく入っていた喫茶店はスナックになり、映画館はモータープールになっていた。
町と高橋が復活させたいことととは別物だが、この廃れ方を見ていると、元気が失せる。やる気が失せる。こんなところに戻るのかと思うと、ぞっとした。
しかし、それと同時に、気安く思えた。あの物語の続きがしやすくなった。強度が落ちたため、こなしやすくなったのだろう。
高橋はこの町に来ていた頃の路線に繋ぎ直そうとしていたのだが、実際に現場を見ると、それほど魅力的ではなくなった。やれば出来るかもしれないが、魅力がないのだ。
若い頃、あれほど光り輝いていたのに、今はそれがない。くすんでいるのだ。
憧憬の念。それが弱まっている。
町から戻った高橋は、繋ぎ直すのをやめた。古き神を召還させようとしていたのだが、もはや神ではなかった。
了
2012年12月6日