小説 川崎サイト

 

あらぬもの

川崎ゆきお


 他の村では類を見ないような神事が行われていた。
 山深い寒村で、今は廃村に近い。御神体は大きな岩だ。少し形が変わっていることと、その岩だけがぽつりとあるので、目立ったのだろう。
 その岩が、岩場にあれば、何でもない岩なのだ。
 岩の前に平らな場所がある。ここで神事が執り行われる。
 あまり見かけない神事なのは、神社系ではないためだ。それ以前か、またはオリジナルな神。それは一般には迷信のようなものだが、村の秩序はそれで保たれていた。
 過去形だ。今は廃村に近いため、残っている人は希だ。御神家と呼ばれる一家が、この御神体を守っている。この一家はすべて神官だ。
 御神体はある時代までお岩様と呼ばれていたが、東海道四谷怪談に出てくるお岩さんと重なるため、岩をはずし、神に替え、お神さんとした。
 しかし、これも旅館や料亭の女将さんと重なるため、今は「お」を飛ばし、「かみさん」と呼んでいる。単純にしすぎた。
 御神家の当主は老婆だけが残り、後は町に出てしまった。他の家も多くは村を出ている。
 まだ村に残っている一家もあるので、村の核ともいえる御神家当主が出ていくわけにはいかない。
 村の神事はよくあるような山神様で、自然界から村人を守るための行事を年に何度かやる。
 ある年の秋の大切なお祭りには、老婆一人で執り行ったことがある。村に残っている者は全員神官になってくれたのだが、うっかり忘れて町へ買い物に出たり、野良仕事をしていた。
 老婆は畑まで降りていき、催促するのは何なので、一人でやったらしい。
 そのうち、老婆は祝詞さえ忘れてしまうのだが、それを聞いている神官たちも、祝詞そのものを知らないので、問題はない。
 やがて祝詞もゴニョゴニョと音だけになった。ラップのようなものだ。
 幸せに暮らせるのも山の神様のおかげです。というような意味しかない。
 こうして、村はいずれ廃村になり、人が去る。残った岩を参る人もなく、神事が行われることもない。
 そうすると、あらぬものが、この御神体の岩に取り付く。しかし、人がそれを認識しない限り、そのあらぬものの存在も認識されない。
 
   了

 


2012年12月15日

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