小説 川崎サイト



一人客

川崎ゆきお



「頭って、簡単に切り替わらないね」
「硬いってことっすか?」
「そうじゃない。世界があるんだよ」
「頭の中にですか?」
「そうそう」
「それが切り替わらないってことは……硬いってことですよね」
「だから世界を切り替えるのは大変なんだよ」
「頭の中の世界って、思うだけの世界っすか」
「そうじゃない。その人の持つ世界だよ」
「はあ……」
「分からなくてもいいよ。面倒な話だから」
「面倒だから、頭も切り替わらないんすね」
「そう、面倒だからね」
「先輩は切り替えたいんすか」
「一つのことをやってると、違うことをやる頭に切り替えるのが大層なんだよ」
「違うことって?」
「僕の世界の流れの中では、ちょっと漕ぎ出しにくい方面かな」
「難しいっす」
「君はどう?」
「何がです?」
「切り替えられるか?」
「そういうこと、考えたことないっす」
「ないっすか……」
「先輩の言ってることが理解出来ません」
「僕だけなのかなあ」
「先輩は難しく考えるから、難しくなるんすよ」
「例えばだ」
「はい」
「以前やっていたことを、またやろうと思うと出来ない」
「はい」
「つまり、頭が切り替わらないんだ」
「頭が二つあるんすか」
「えっ?」
「あ、一つですよね」
「そういうことか」
「どうかしました? 先輩」
「僕は複数の世界を行き来していたのかもしれないなあ」
「先輩は一つですよ」
「そうだな」
「みんな一つですよ」
「お客さん、もう閉店ですが」
「ああ」
 彼は勘定を済ませ、店を出た。
 もう店には客はいない。
 
   了
 
 



          2006年9月7日
 

 

 

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