小説 川崎サイト

 

面接探偵

川崎ゆきお


 これは花田虎次郎、通称便所バエ。私立探偵が登場するが探偵談ではない。
 コンビニで菓子パンを三つ。唐揚げを四つとコロッケを食べた。食べ過ぎた。
 満腹感は満足感でもあり、歩く姿にも余裕がある。場所はビジネス街。
 目的とするビルの前で、花田はゲップをする。
 そこは面接会場だった。
 パイプ椅子に座る花田。ただ、足は開き、深座りだ。腹を圧迫したくないのだろう。
 面接官は、その異様さに驚いた。花田はリクルートスーツを着ているのだが、上着のグレーより、下のグレーの方が薄く、しかも生地も違うようだ。同じだったとしても、テカリ方が違う。汗と汚れでつるつるになっているのだ。
 面接官は花田の落ち着きが気になった。椅子にしっかりと落ち着いている。リラックスしているのだ。
「あなた、プレッシャーはないのですか」
 たまらず、聞いてみた。
「はい」
「どうしてですか」
「分かっていますから」
「え、何がですか?」
「ああ、落ちることを」
「はあ」
「結果が分かっているので、安心なんです。だから、プレッシャーもありません」
「採用するかどうかはこちらで決めます」
「そんなの、決まってるくせに」
 花田は面接官三人を、まるで重役のような目でなめ回した。
「ウェブの経験は」
「ありません。素人可となっていたので」
「プログラミングは」
「それも、素人可となっていました」
「ないのですね」
「はい」
 花田は腹がズツナイのか、ひもを緩める。ビジネススーツズボンはなく、ゴムパンのようだ。だから、結び直すという方が正しい。
「結果は一週間以内に」
「もう、出てるくせに」
「いえいえ」
「次、回りますから、早く知らせてください」
「不採用の場合、連絡はしません。一週間以内にこちらから電話がなければ、まあ、そういういことで、お願いします」
「じゃ、その一週間、どうして過ごすのかな。他へ、行ってもいいんでしょ」
「ご随意に」
 翌日電話があった。
 問い合わせたいことがあるので、もう一度面談したいと。
 花田を気に入った面接官は営業部長だった。
 花田と営業部長は誰も来ないようなシャッター街のオフィスビル地下飲食街にある喫茶店で合った」
「事件ですか」
 花田は真っ先にそう聞いた。一応探偵なので。
「いえ、あなたが事件なんです」
「ああ、僕が犯人。なるほどなるほど。でもそれは探偵小説としては禁じ手なんだなあ。探偵が犯人は、だめですよ」
「あなたの、そのリラックスした感じが欲しい。プレッシャーのなさが欲しい」
 営業部長が語り出した。
「売ろうとしているのが、見えてしまいます。それで客が引く。ここが営業のターミナル、ハブなんです」
「ハブ」
「港です」
「埴生の港ですね」
 営業部長は、何かよく分からないので、無視する。
「あなたのような人を突っ込ますとおもしろいのではないかと、私は思うのです」
「でも僕はウェブのことは分かりません。ホームページを作る会社でしょ」
「そんなもの何一つ知らなくてもいいのです」
「何か、悪いことを、企んでませんか」
「あなたなら出来る」
「何が」
「ダメージ」
「はあ?」
「営業の新人が育たない。やめていきます。ダメージです。ダメージを受けて。あなたなら、いけそうです。タフそうなので」
「それはどうせだめだと思うから出来るのですよ」
「それです。それ。その方法、それは、新手です。あなたを見て、それを思いつきました。最初から諦めているのなら、何のプレッシャーもない。そうですね。我が社に面接に来たときも」
「はい、だから、もう僕は安心で安心で」
「どうです。私の一存で、決められます。募集を申し出たのは私ですから。私に決定権があります」
「ぶ、部長さん。それがパラドックスなんだなあ」
「パラドックス。それはまた難しい単語を」
「僕は安心して落ちたのですよ。採用されると狂います」
「しかし、就活の目的は採用されることにあるのでは」
「見学です」
「け、見学」
 営業部長は頭の中のハブ乗り場をうろうろした。見学なら、遊覧かと。
「では、その」
「だから、最初から入社する気はありません」
「では、ここからは、一個人として聞かせてください」
「はい、どうぞ」
「あなたはどなたなのですか」
 内閣官房室と、花田は答えたかったが、嘘は言えない。ただの素人探偵なので。
「笑いませんか」
「笑いません。真剣です」
「た」
「タニシですか。そんなわけがない。タニシじゃない」
 部長は観念を涎のように垂らしたようだ。
「探偵です」
 部長は二秒後に爆笑した。
 話し合いは、そこで終わった。
 世の中には噛み合わないことがある。
 
   了


2012年12月19日

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