小説 川崎サイト

 

魔が沸く

川崎ゆきお


 想像していた世界がある。あくまでも想像だ。空想と言ってもいい。
 想像は現実的に可能なことも含まれている。そのため、想像が現実になることもある。
 空想は現実化されなくてもいい。だから何でもいい。その奥に妄想がある。これは空想と似ているが、やや病的だ。
 空想でも妄想でもいいが、それを起こした場所や時期がある。
 高橋の場合、夜中、自転車で散歩に出かけ、見知らぬ町の夜景を見ながら、ここは魔の町ではないかと想像した。魔が入り込むので、想像ではなく、空想、妄想側だろう。
 その妄想を起こしたのは数年前だ。その町は今でもある。
 そして、振り返って思うと、その妄想が現実として残っている。
 このあたりは、ややこしい。
 見知らぬ町の夜景を見ながら、ここに妙な化け物が現れ、人々は、夜になると決して外には出ない。そして、家々の前にはお札が貼られている。魔除けだ。当然、それらは想像で、高橋はただそんなことを考えながら通過しただけ。
 しかし、数年後、それが定着している。その町のイメージと妄想とが重なって記憶されているのだ。
 実際には魔物などいなかった。しかし、そんなことを考えていたときの映像が残っている。
 妄想のイメージだ。それは映像化され、記憶として残っている。むしろ、現実の町よりも、そちらの記憶の方が鮮明に、印象深く残っている。
 だから、その町は魔の町として、高橋の中では存在し続けているのだ。妄想を沸かせるとは、そういうことだ。
 そこで沸かせたものを、一度忘れ、数年後に呼び戻したとき、よい出来具合になっている。
 そして、再びその町へ高橋が行ったとしても、同じ妄想が沸いてこない。あのとき沸いたものが出てこないのだ。
 すると、そのときの妄想が遠い存在となり、たどり着けない世界となる。
「高橋君、それ自体が妄想だよ」
「そうなのか」
「それは、妄想で、妄想しているんだ」
「そうなのか」
「それが物語の始まりかもしれないぜ」
「そうなのか」
「あのときの印象を、とどめた置きたいとね」
「でも、現実に起こったことじゃないんだよ」
「だから、それが幻想文学が沸く源泉なんだ」
「そうか、僕のやっていることは文学か」
「幻想は沸いてなんぼだ。妄想し放題」
「しかし、同じ町を通っても、沸かないんだ。最初シューシュー沸いていたのに、もう沸かない。だから、以前沸いたあの世界はどこへ行ったのかと」
「それで?」
「それで、あのころ沸かせたものを思いだし、それを元にして、あの妄想の続きを見ているんだ」
「それは、健全なのかどうかはわからないけど、今もまだ沸いているということだね」
「そうなんだ。もうあの町とは関係なく」
「まあ、妄想なんだから、何でもありさ。お好きなように」
「あの町は松阪町だった。しかし、そんな町名じゃない。そのとき、自分で付けた町の名前なんだ。魔獣が徘徊し、それを退治する司教がいて……」
「うんうん、やってるねえ、やってるねえ、その調子でいいんだ」
「しかし、これって稚拙なんだなあ」
「まあ、それを言うと、冷めてしまうから、熱いのをもっと沸かせることだよ」
「追い焚きだね」
 
   了

 


2012年12月20日

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