小説 川崎サイト

 

アイデアの本質

川崎ゆきお


 視点や切り口を変えると違って見えるが、本質はさほど変わるものではない。
 結局は従来と同じ対峙方法になる。ただ、視点を変えるとしばらくは新鮮に見えるのは確かだ。これも賞味期限があり、それが去るといつもの現実がいつものように横たわっているのみ。
 というようなことを作田は若きアイデアマン田代に語る。
 田代がプレゼンをやった後の話だ。
「でも、僕のアイデアは斬新でしょう。発想を変えることで、新たなものが出てきます。これはキーワードを並べ、繋がりのないはずのものを組み合わせ、意外なものを見つけだす方法です。この場合、キーワードとキーワードとを繋ぐキーワードを見出すことが大事なんです。アイデアとなるかならないかは、そこに関わってきます」
「まあそれはいいんだが、君のアイデアは、以前にもあったんだ。面白いのだが、何度も言うように本質は変わっていない。アプローチの仕方を変えても、本質は変わらない。奇策でもいいから、本質が変わるアイデアでないと、それは単なる演出なんだ」
「別の雰囲気を与え、本質を変えてしまうことだって可能です」
「本質とは、変わらないから本質なんだ」
「本質って、何ですか係長」
 作田係長は、この若手が苦手だった。
「私が上司で、君が部下であること。これが本質だ」
「それは変わるでしょう」
「今は変わらない」
「でも将来は」
 作田は、この部下が嫌いだ。これが本質なのだ。
「将来など誰にも分からんよ」
「予測できます」
「まあ若いので、いろいろ仕事をやりたがっているのは分かるが、こんなもの、退職すれば、消えてしまうような仕事なんだ。将来とはそういうことだよ」
「いえ、僕は将来現役でやります」
「百歳までやるかね」
「体が動く限り」
「まあいいが、君のアイデアを採用したとしても、それは私の責任になる」
「係長を抜きにして、いきなり課長の許可を得ればどうでしょうか」
「君はアイデアを売るのではなく、君を売り出したいだけなんだ」
 これも本質かもしれない。
「仕事をするってことはそういうことじゃないのですか」
「まあそうなんだが、プレゼンが通らないよ。今日は失敗だと思う。あの案件は真正面から攻めないとだめなんだ。奇策はだめなんだよ」
「どうしてですか」
「態度の問題だ」
「態度」
「我が社はチャレンジしない。妙なアイデア商品は出さない。大きな路線変更はしない」
「保守的なんだ」
「それでお得意さんがついているんだ。ここを壊すと客が減る」
「既成概念で縛られているんだ」
「それが本質だよ」
「では、本当の本質はどこにあるのですか」
「それは言えない。また言ってはいけない」
「どうしてですか」
「だって、うちの商品、世の中にあってもなくてもかまわないからだよ」
「でも、なくなると寂しいですよ」
「しかし、本質的には誰も困らない」
「係長、それを言っては……」
 作田の最近の仕事は、この暴れ馬の調教だった。
 そして、作田も、若い頃はそういう馬だった。
 同期の社員は重役になっていた。
 
   了


2012年12月24日

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