小説 川崎サイト



通り雨

川崎ゆきお



 急に雨が降り出した。酒田は自転車を高架下に進めた。そこへ行くまでにかなり濡れた。
 顔が濡れ、滴が目に入った。ズボンも見る見るうちに色が変わり、重くなった。
 高架下に数人いた。自転車の男二人とスクーターの女。いずれも酒田と同じ中年だ。
 スクータの女はシートボックスから雨具を取り出し、素早く身につけ、走りだした。
 自転車組は誰も傘を持っていない。あってもこの雨ではどうせ濡れる。それなら止むのを待ってから飛び出すほうがいい。
 酒田も通り雨だと思い、待機した。
 車が通り過ぎるとしぶきが上がり、タイヤからの水鉄砲が容赦なく襲う。
 酒田は急がない。家にいてもやることがないので、自転車でぶらついていた。ここにいても帰っても同じことだ。
 他の二人も同じようなものなのか、雨の降る風景をただただ眺めている。家にいるよりも臨場感があるのだろう。
 酒田の推測を裏切るかのように、若い方の男が動き出した。まだ土砂降りだ。出るタイミングではない。
 年寄りの方もそれに引っ張られるように自転車の向きを変えた。
 酒田はそれにつられたが、気持ちだけで、体はそのままだ。どう考えても出るタイミングではない。
 考えられるとすれば、通り雨ではなく、この状態がかなり続き、辛抱し切れないか、早く出ないといけない理由があるとかだ。
 酒田は鞄に入れていた腕時計を見た。まだ五分も待機していない。
 家を出るとき黒い雲が流れていた。かなりのスピードで移動していた。長く降る雨雲ではない。
 若い方はスタートをかけたが、そのまま動かない。やはりタイミングがつかめないのだ。
 年寄りの方は、もうリラックスし、片手をポケットに入れてしまった。
 やがて雨脚が弱まり、傘を差して走る自転車が通り過ぎた。
 もう大丈夫なはずだ。
 年寄りの方はタバコを吸い出した。吸い終えてから出るつもりだろう。
 酒田はどうせ待ったのだから、止むまで付き合おうと思った。まだ傘がないと家までもたない。パンツまで濡れるだろう。
 ずぶ濡れなら同じことだが、今ならズボンの前と背中が濡れている程度だ。
 雨脚が見る見るうちに弱まりかけた。若い方が飛び出した。年寄りはそれに引っ張られ、タバコを手のひらで囲うようにして飛び出した。
 酒田は同じように引っ張られるのが嫌なのか、完全に止むまで待ち続けた。
 
   了
 
 




          2006年9月16日
 

 

 

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