小説 川崎サイト

 

香具師の口上

川崎ゆきお


「少しは落ち着きましたかな」
「悪い状態で落ち着いておる」
「それはいいのか悪いのか、よく分かりませんなあ」
「落ち着いたということでは、良いことでしょう」
「しかし、悪い状態ではだめでしょうなあ」
「しかし、目的が落ち着きを取り戻すのなら、これは正解だ」
「それで、あなた満足しておられますかな」
「欲を言えば、きりがない」
「しかし、悪い状態では、落ち着かないのでは?」
「しばらく、この状態にいると、落ち着く」
「本来、あなたはそんな状態の中にいるような人ではない」
「そそのかさないでくれ」
「諦めてはいけません。元のいい状態に戻そうじゃありませんか」
「その繰り返しだ」
「それはそれ、これはこれ」
「元に戻っても、すぐに落ちる。だったら戻すのが手間だ。どうせ落ちるのなら。それに、ここにいる限り、これ以上落ちない」
「その理屈は分かりますが、次回は落ちないようにすればいいのですよ」
「元々、今いる場所が本来かもしれん。すぐに落ちてしまうのは、その証拠。無理をしないと出来ないことは、やはり疲れる。本来じゃない」
「しかし、人には夢や希望が必要です。それあってこそ生きていけるのですよ」
「そそのかさないでくれ。もうその手には乗らん。今の状態が、私にはちょうどいい。非常に安定している」
 一段落とした方が、楽になるという話だが、人は背伸びをしたがる。そこに隙があり、香具師がそそのかしに来る。
「あなたはまだ出来る。まだ実力を発揮していない。本来の力を出し惜しみしてはいけません」
 香具師は決まり文句の連発する。
 
   了


2012年12月30日

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