小説 川崎サイト

 

妖怪との遭遇

川崎ゆきお


 村岡は深夜にゲームをしていた。深夜ゲームではない。パソコンで遊ぶオンラインRPGゲームだ。
 いつも寝ている時間だ。ゲームのクエストでモンスターを百匹倒していた。百匹目が近いので、区切りのいいところまでやていたので夜更かしとなった。クエストは無事終了し、経験値が上がり、レベルアップした。これを見たかったのだ。
 レベルが上がると、一ランク高い防具類を装着できる。これも見たかった。
 そして、腹が空き、さらに煙草も切らしてしまった。
 村岡は自転車でコンビニへ行き、煙草とお菓子を買った。戦闘で疲れ、甘いものが食べたかったのだ。それで洋菓子詰め合わせを買う。これはビスケットやクッキーなどを色々と詰め込んだものだ。
 そしてレジで支払う。煙草はすぐにポケットに入れる。ワカバ二つだ。
 それで、部屋に戻ってきたとき、上着のポケットから煙草を取り出そうとすると一つない。落としたのだ。
 上着の下側にあるポケット入り口はやや傾いている。水平だと手を突っ込みにくい。垂直だと落ちる。その中間ぐらいで、それなりに深いので、滅多に滑り落ちないのだが、たまにある。それは、煙草の箱を二つ入れると箱の表面が滑りやすいため、引力に引っ張られたとき、抵抗が少なくなり、するっと落ちるのだ。それに入れ方も適当だった。二つを揃えて、奥へ詰め込めばよかったのだ。しかし、煙草だ。落としてもそれほどの被害はない。だから、いちいちチェックなどしていない。
 落ちたとき、音がするはずだ。パサッと。しかし、走っていた場所は車が多いため、騒音で聞き取れなかったのだろう。
 以前もこの上着を着ているとき、ライターを落としたことがある。カチャッと音がしたので、すぐに気付いた。煙草の箱なので、しっかりした音は出なかったのだろう。
 落とした場所は予測できた。コンビニの駐輪場辺りが臭い。自転車にまたがるとき、体をくの字に折る。このときポケット入り口の角度が変わったと思える。
 村岡は面倒がらず、拾いに行くことにする。コンビニまでは五分とかからない。
 すると、部屋とコンビニの中間辺りに子供がいる。
 そして煙草を吸っている。
 その子供の手を見ると、ワカバを持っていた。
「あ、それは」
「ん」
 子供は顔を上げるが、子供ではなかった。老人だ。それにしては、背が低すぎる。
 もっと驚いたのは、鼻がないことだ。穴もない。
「それは僕の」
「証拠はない」
「そうなんだけど」
「それに封はもう切った」
「まだ残っているはずです」
「安いのを吸ってるのう」
 それよりも、村岡は鼻がないのが気になる。
「煙草を落とすと出る妖怪なんじゃ」
「やはり妖怪なのですか」
「ああ、落とした煙草に集まる妖怪でな。煙草拾いと呼ばれておる」
「じゃ、最近の妖怪ですねえ」
「そうだ」
 村岡は妖怪を見ても驚かなかった。なぜなら、今さっきまで妖怪モンスターを狩り続けていたからだ。それに比べると攻撃をしてこないし、小さなお爺さんなのだから、脅威ではない。しかし、妖怪がそこにいることがなによりも驚くべき現象であり、これは大騒ぎしてもいい事柄だ。
 だが、先ほどまで妖怪退治で頭が麻痺していた。それに眠い。現実把握が緩んでいたのだろう。
「これは安くてまずくて臭いので、返す」
 妖怪煙草拾いの爺さんは、すっと手を伸ばす。
「ああ、ありがとう」
「吸ったのは一本だけだ。残りは無事じゃよ」
「はい」
 村岡は用件が済んだので、自転車で戻った。
 洋菓子盛り合わせをお茶で食べ。煙草を吸い、すぐに寝入った。
 そして、その翌朝、もう、あの鼻のない子供ほどの背丈の老人妖怪のことなど忘れていた。
 見た夢を忘れるように、妖怪と遭遇していても、強烈な沈静ポーポーションでも飲まされたように、意識に上がらなくなっているのだろう。
 
   了


2013年1月4日

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