小説 川崎サイト

 

天見草原の草

川崎ゆきお


 天見草原には滅多に人が立ち入らない。草の主がいるためだ。
 天見草原は少しだけ高い大地にある。しかし、昔から誰もそこを耕作地にしないで放置している。放牧も出来そうなのだが、牛馬も羊も育たない。
 その近くには田畑がある。こちらは開墾地だ。木々を切り倒している。だが、天見草原には最初から木は育たない。草だけなのだ。
 その草は一種類で、背が高く、長い。芝生のような密度があり、それが一メートルから二メートルほどの高さにまで育つ。
 鳥が木の実を落とし、そこから芽が出てきても、育たない。草の主がいるためだ。
 時代がどう変わろうと、この草原には人は立ち入らない。
 それを知らないで、入り込んだ人間の白骨が、あちらこちらにある。
 今回は調査員が入った。
 当然、草原近くの村や町は、それを止めた。いらずの草原のためだ。また、一番近い村には、「入らず」とかかれた石塔が立っている。
 調査隊は「草の主」など信じない。
 しかし、植物学者はそうではない。なぜなら、一種類の草しか生えていない場所などないからだ。
 飛んできた種が芽を出す手前でやられてしまうのかもしれない。
 他の植物を拒絶する草原、そんなものは存在し得ない。だから、共生している植物が必ずある。それは、あの化け物の草が許している植物で、それを調べることで、天見草原の秘密が分かると考えた。
 そんな間接的なことをしなくても、草や土壌を直接調べればいいのだが、村人に頼んで刈り取った草をいくら調べても、何も分からなかった。
 草そのものの品種ではなく、草に何かが憑いているのだ。それが草の主。
 村人によると、長く滞在しなければ、草に襲われることはないらしい。彼らにも攻撃準備が必要なようだ。
 ある村人の体験談では、草が動くらしい。ざわざわと草が浮き出す。根が生えているはずの草が動く。そして、集まってくる。動きは早くはない。だから、草が動けば逃げ出せばいい。
 ところが、二段三段と囲まれたときは、お手上げらしい。
 集まってきた草は山のような高さになる。
 逃げ遅れた村人を見ていたもう一人の村人が、それを目撃した。もうかなり昔の話で、その後、誰も近づかない。
 植物学者は足のある草など聞いたことがないので、それは見間違いではないかと考えた。草には根がある。だから動かない。そうなると、植物ではなく動物になる。
 それでも草が立つには根がいる。根は土中に密着しているはずで、自身の力で抜けるものではない。また、抜けたとしても、後が面倒だろう。今度はどうして元に戻すのだ。
 調査隊の中に形而上学者がいた。魔法に関しての知識を持っている人だ。彼によると草は動かない。草が襲いかかるのは、魔法のようなもので、目撃者はそう見せられたのではないかと。
 つまり、草の主は目撃者にもコントロールをかけたのだ。襲っている村人も、逃げていく村人も、同時に。
 それを写真で撮っても、おそらく写っていない。草は草のまま。
 調査隊は三ヶ月間キャンプを張り、その後引き上げた。
 天見草原に足を踏み入れ、サーと走り、サーと戻ってきた。最初は、草のあるところを数メートル入り込み、すぐに駆け戻り、徐々にその距離を伸ばした。十メートルほどで、草が動き出したので、そこが限界だった。
 調査隊五人は、草が動くのを目撃している。そして、走り抜けた調査員に向かっていくところも。
 そして、草原ではない岩場までは追いかけてこない。
 形而上学者は植物学を越えた世界がそこにあると結論を下し、身の安全のため、調査を打ち切ることを隊長に願い出た。
 一応サンプルは切り取っている。根はさすがに深く張っているため、抜く時間はなかった。
 草が追いかけてくるところの写真も写したが、普通の草むらが写っているだけ。
 草の主が何者なのかは分からない。超常現象は常識を越えている。調査で分かったのは、そこまでだ。
 スポンサーは不満だったようだが、調査隊には命を懸けてまで調べる気は最初からなかった。
 
   了


2013年1月5日

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