小説 川崎サイト



滝のように

川崎ゆきお



 藤岡は大きな駐車場のあるハンバーガー屋のテーブルの上でノートパソコンを開いていた。
 郊外の街だが結構家が多い。藤岡はこの街の自販機事情を調べる仕事を任されている。
 藤岡はパソコンに地図を表示させ、自販機の位置をチェックしていた。
 それを先程から見ている中年男がいる。藤岡は何度も視線を浴び続けているが、目を合わさないように努めた。たまに目玉の周辺部で男の様子を見る。
 男はずっと藤岡を見ている。
 藤岡は苛立ちを感じ、ぐっと視線を合わせてしまった。それがスイッチとなったのか、男は立ち上がり、藤岡のテーブルまで来た。
 藤岡は覚悟を決め、男の顔を正面から見た。
 昼間からハンバーガー屋でスポーツ新聞を読んでいる中年男を怪しいと決めつけるのは、藤岡の常識内での基準だろう。
「いいかな?」
「どうぞ」
 男はコーヒーの紙コップと灰皿をテーブルに置いた。鞄とかはない。
 そして男はノートパソコンを見続けた。その位置からではカバーしか見えない。
「音楽とかね、ビデオとかね……」
「はあ?」
「見れるって聞いたんだ」
 藤岡は地図画面を消した。
「音楽は見えませんよ」
「ああ、聞けるって」
「聞けますよ」
「その機械でも可能ですかね。そんなに小さくて」
「可能です」
 藤岡は男にも見えるようにモニターを逆側に倒した。プレゼンでよくやる操作だ。
「パソコンに興味があるのですか?」
「うん、そういうことなんだ。ちょっと聞いてみたかったんだ」
 藤岡は先程の地図ソフトを起動させ、この街を上空から写した画面を見せた。
「何処かな?」
「この街の周辺ですよ」
「あ、この山が……」
 藤岡は倍率を上げ、ハンバーガー屋の真上を見せた。
「俺の家も見えるかな」
「大きな建物なら見えますよ」
「そうか、便利だなあ。それより音楽やビデオがただで落とせるってのは……」
「ただ?」
「無料でだ」
 藤岡は安心した。どうやらこの中年親父は、ただの親父で、それ以上の含みがないと感じたからだ。
 藤岡はファイル共有ソフトを起動させた。
「この無線カードじゃ遅いからブロードバンドが必要ですよ……実際に落とすときは。これは新しいツールで、滝のように落ちますよ」
 藤岡は立て板に水のように弾けながら喋り出した。
 
   了
 
 




          2006年9月17日
 

 

 

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