小説 川崎サイト

 

鬼瓦

川崎ゆきお


 古い屋敷の屋根に鬼が出る。これは鬼瓦の鬼から来ているとすれば、守り神だ。悪霊を寄せ付けないための脅しだ。しかし、屋根の上で移動する鬼となると、これは遠目では猿に近いのではないか。日本家屋の屋根は傾斜している。屋敷の大屋根となると、かなり足場が危ない。傾斜は同じでも高さがある。ビルの三階以上はあるだろう。
 それに瓦は滑りやすい。雨を流しやすくするため、下へ向かってのとっかかりがない。そのままずり落ちる。樋程度では重心をさせきれない。相撲土俵の俵のように、そこで踏ん張れない。
 だから、さすがの鬼も身を低くし、あるいは手を付くかもしれない。その姿は猿だろう。また、足腰の硬い犬は四つ足でも苦しい。
 鬼と猫が屋根瓦の上で対決すれば、猫が勝つだろう。
 鬼は二本足で、人と姿が似ている。鬼の面をかぶれば、誰でも鬼になれそうな体型をしている。ただし、鬼を見た人はいない。だから、そんな姿をしているのは、絵でしかお目にかかれない。
 すると、鬼の特徴は、厳つい顔、この場合鬼面だが、それだけになる。そうなると、鬼とは顔面だけの存在かしれない。顔だけの。
 要するに面のようなもので、鬼の後ろ姿だけでは鬼らしく見えないし、怖くもない。当然鬼の後頭部を見ても、それほど怖くないだろう。
 しかし顔だけの存在としての鬼は、移動が大変だ。顔だけなので、顔で歩く必要がある。足がないので歩くのではなく移動だ。この場合、可動部分は顔面だけになる。瞼だけで動かすのは大変だ。だから口だ。唇と舌で動くことになる。瓦にかじり付くように。しかし、瓦は堅い。そのため、また出っ張りが浅いためひっかけにくい。そうなるとナメクジのように舌で瓦をなめながらの移動になる。だが、そうなると、後頭部しか見えない。ここはそれほど迫力はない。
 だから、鬼瓦が一番いいのだ。不細工な動きをしなくてすむ。そして、移動しなくても複数の鬼瓦を置くことで、目的を果たせる。
 鬼瓦は、下から見やすい位置にある。だから、悪霊や魔物は下の道などから来るのだろう。普通に考えれば、訪問者に見せるためのものだ。だから、魔物なのではない。
 この鬼瓦の角度が、上を向いていると、リアリティがある。空から来るのだ。飛行物体として。
 これは山里の家で、家の後ろに山がある場合、上を向いているかもしれない。山から何かややこしいものが入り込まないように。
 鬼瓦のある家には鬼は来ない。先に鬼がいるので、遠慮して。
 鬼は鬼を持って征するだ。
 
   了


2013年1月8日

小説 川崎サイト