小説 川崎サイト

 

言い訳

川崎ゆきお


 僅かな時間しかない。
 そんなとき、急いでやり終えるか、パスするかだ。当然中間もある。その場合、少し急ぎ目にやり、間に合わなくても諦める。一応最善を尽くしたことになる。ただ、狂ったようなスピードで、精一杯やったわけではない。だから、可能な限りの最善だ。しかし、決して可能性の最大値は出していない。少しだけペースを上げただけで、これはポーズのようなものだろう。
 奥田はほどほどの最善も、最高の最善もパスし、しないことにした。やる前に諦めたのだ。
 それは閾値のようなものがあり、どんなに急いでも間に合わないことが、何となく分かったからだ。「やれば出来る、急げば出来る」を越えている。それはやってみなくても分かる。
 では、諦めて、その時間何をしていたのかというと、散歩に出た。
 途中で投げ出したのではなく、やる前から投げていた。
 そういう状態で市バスに乗る。ターミナルに発車待ち状態のバスに乗っただけで、何処行きかは見ていない。
 市バスなので、すぐに終点に着いた。市内均一料金。それほど遠くまでは行っていない。
 着いた場所は、名前は知っているが、来るのは初めてだ。「高倉」きっと町名なのだろう。この高倉行きのバスをたまに見かけていた。だから、「高倉」は知っていたのだ。名前だけで、場所に関する知識は何もないが。
 市内から少し離れているが、隣の市との境界まではかなりある。その境界まで、道は延びているのだが、これといった町がない。そして、この高倉は車庫で、そこから向こう側へは行きたくないのだろう。
 市の離れにも、この市の町がある。しかし、地下鉄や私鉄も走っているため、区切りのいい車庫前で留め置いたのだろう。昔はその外れの町までバスが行っていたかもしれない。
 だが、その町はすぐ隣の市にある私鉄駅に近い。きっとそれで乗車客も少なくなり、区切りのいい車庫前までとしたのだろう。
 高倉車庫で降りた奥田は、市境にある町へと向かった。
 その沿道は大きな工場が並んでいる。非常に長い塀だ。聞いたことのあるメーカーの工場が左右に見える。その先にも、これもまたよく聞く電機メーカーの看板が見える。その幹線道路の下には地下鉄が走っているのか、降り口がある。バスなど乗る必要はないのだ。
 川の土手が見える。鉄橋がある。さすがに川底を潜ることは出来なかったのか、この地下鉄は地上を走っている。川幅は大したことはない。川を越えるときっと隣の市だろう。そして、川の手前に、境界の町があるはずなのだが、工場ばかりで、民家がない。
 道幅は広く、トラックがやたらと多い。住んでいそうな人もいないようなので、市民の足である市バスの必要もないのだろう。だから、高倉車庫で終わっていてもいいわけだ。
 これが、高倉の言い訳でもある。
 あの仕事はやらなくてもいい仕事なのだ。急いでも遅れも関係はない。そもそもあの仕事は上司が適当に振ってきたもので、何か仕事をさせたいだけなのだ。つまり、命令に困ったのだ。
 会社にとっては何の意味もない仕事だ。それが分かっていたので、サボったようなものだ。
 高倉は体調が悪くなったので、早退すると連絡だけし、そのまま橋を渡り、隣町で一杯やってから帰宅した。
 
   了


2013年1月10日

小説 川崎サイト