小説 川崎サイト

 

天井裏の死体

川崎ゆきお


「また、同じ夢を見ました」
「ほう、話してください」
「ボロアパートに死体を隠しているのです」
「それは物騒な」
「押し入れの天井裏です」
「ほう」
「忘れているんです。そのことを」
「その夢では最初から死体なのですね」
「そうなんです。それを思い出しているのは、別のアパートです」
「じゃ、引っ越された。死体を天井裏に残したまま?」
「いえ、引っ越していません。借りたままです」
「ほう」
「だから、部屋を二つ借りていることになります。そして死体のある部屋のことをすっかり忘れているのです。夢の中で、それを思い出すのです」
「では、死体のある部屋の家賃はしっかり払っているのですね」
「そうだと思います」
「続けてください」
「最初思い出したのは、もう一つ部屋を借りていて、それを放置したままだと言うことです。部屋の中はそのままです。片付けていません。家具もそのままです」
「じゃ、引っ越していないのですね。単に部屋を二つ借りておられるだけで」
「借りていたことさえ忘れていたのですから、実質的には引っ越しです」
「それで?」
「忘れたと言っても、一度思い出して、見に行っているのです」
「はい」
「部屋は出て行ったままの状態でした。天井裏の死体は確認していません。怖いですから」
「それらは全て夢なのですね」
「そうです。見た夢を話しているだけです」
「はい」
「同じ夢を何度か見たと言いましたでしょ。次に見た夢は、その続きだと思います」
「はい、話してください」
「また、あの死体のある部屋を思い出した夢です。今度は見に行きませんでした。あのボロアパートは取り壊されたからです」
「ちょっと待って下さい」
「はい」
「取り壊す前に連絡があったでしょ。家主から」
「あったんでしょうねえ。それらは省略されています」
「はい、続けて下さい」
「そのときの夢も、死体のことが気になりました。しかし、もう死体はないのです。なぜなら取り壊されたので。それで安心する夢でした」
「では、取り壊したとき、死体は出てこなかったのですね」
「そうだと思います」
「あなた誰かを殺しましたか」
「いいえ」
「じゃ、誰の死体なのでしょうねえ」
「分かりません。天井裏に隠したのは私ですが」
「きっとあなたは殺しているのです。それを忘れている」
「でも、それらは全て夢の中の話ですよ」
「それは人間の死体じゃない」
「え」
「動物でもない」
「はあ」
「そういうものを、そのアパートで、あなたは葬ったのでしょうねえ」
「それは何でしょう」
「あなたにしか分かりません」
「残念ながら心当たりがありません」
「きっと忘れたのでしょうねえ」
「そうかもしれません」
 
   了


2013年1月11日

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