小説 川崎サイト

 

妖怪博士魔界探検記

川崎ゆきお


 不思議なこと、奇異なことはそうあるわけではない。たまにあるから好奇心を覚える。日々、不思議なことが起こり続けるのなら、その得点は低くなる。
 意外なこともそうだ。
 不思議なこと、異常なことが恒常的に起こり続けている場合、それをある人はゾーンと呼ぶ。特殊な領域に入り込んでいるのだ。
 この特殊さを認識しながら、それと付き合っていることもある。つまり、これは普通ではないと思いながら……。
 それは神秘的な世界とは限らない。神秘体験の前に、普通の事柄の中で、それを体験しているはずだ。普通ではないと。
「それが魔界なのですか」
 妖怪博士は頷く。
 聞いているのはいつもの妖怪博士付きの編集者だ。茶飲み話にしては話が重い。
 しかし、いきなり魔界が出てくるところは、飛びすぎだが。
「魔界では、人ではないものがうろうろしておる」
「妖怪や魔物ですね」
「その区別はどうでもいいが、要は人ではない存在だな」
「はい」
「人でなし。ということだ」
「外道ですね。鬼畜ですね」
「しかし、その人が鬼になったわけではない。人のままじゃ」
「じゃ、魔物じゃない」
「あくまでも人間同士のやり取りだ。その中での話」
「魔界って、場所でしょ。キャラではないでしょ」
「人が鬼や妖怪にはならんように、その場所も、特にあり得ないような場所ではない。地続きじゃ」
「要するに大げさに、オーバーに語っているだけなんですか」
「何々のような、という程度かな」
「それじゃ先生、魔界って、普通の街並みの中にあるのですか。それじゃ探検記としてのビジュアル性が」
「まあそうなんだが、変わった風貌、変わった顔の人がいるように、変わった建物や、変わった場所がある。怖い顔をすれば鬼のような顔にもなる。しかし、鬼の表情をやったつもりでも、それほど怖くはない顔の人もおる。やっておることは同じでもな」
「要するに、どういうことが言いたいわけですか、先生は」
「魔界の原型は何かと考えておるだけじゃよ」
「妖怪博士の魔界探検記。そう言うことですね」
「今まで何を聞いておった」
「聞いていましたよ」
「魔界は見出すものでもある」
「だから、早く見つけて下さいよ」
「ほら、この状況が魔界だ」
「はあ」
「あらぬものを求める者。それを果たそうとする者。この関係が魔界じゃ」
「じゃ、僕は魔人なんですか」
「君を魔人にさせておるのは私だ。なぜなら私は妖怪博士。それゆえ、当然それを期待する。これが凡人ならそんな魔界を張らんだろ」
「そうです。そうです」
「つまり人との関係、その構造により、魔界は発生する」
「ビジュアル性が弱いです」
「それがおそらく原型じゃろう」
「先生」
「何だ」
「妖怪はもういいですから、魔界で行きましょう。魔界で」
 妖怪博士はついうっかり魔界という言葉を使ったことを後悔した。口は災いの元だ。
 編集者が帰ったあと、妖怪博士は鬱ぎこんだ。
 まさにこれが魔界だ。
 
   了



2013年1月14日

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