小説 川崎サイト

 

地下二階喫茶

川崎ゆきお


 ビジネス街に閑古鳥が鳴いているような飲食街がある。ほとんどシャッターが閉まっているため、既に食堂街としての意味を失っている。
 ビルの地下にあり、近道としても使われていない。地下一階ならまだしも、二階では何ともならないのだ。
 そこに知る人ぞ知る喫茶店がある。出来るだけ人気のないところで、静かに過ごしたい人向けだ。当然一人客。その需要の絶対数は少ない。
 人により、呼び方が違う。地下聖堂。地下管制センター。安置所。霊場札所。集中管理室。これは、客により、まちまちだ。
 店内は広く、薄暗い。
 初期は営業マンの昼寝場所として使われていた。古い作りなので椅子がいいのだ。
 ただし、営業マンも打ち合わせなどでは、ここは使わない。雰囲気が暗いためだ。
 そのため、個人的なプライベートな時間を過ごすために使っていた。
 最近は店内が明るい。液晶ディスプレーのためだ。ノートパソコンの光。
 何をしている人なのかは分からないが、客のほとんどはノートパソコンに向かっている。まるで記者会見の記者のように。
 これは喫茶店内などを仕事場にしているノマドではない。その証拠に手が動いていない。また、モニターそのものを見ていない客もいる。
 ある人などはワープロソフトを起動させているのだが、新規ファイルの左上のカーソルしか見えない。何もタイプしていないのだ。
 ため息をついている人もいる。パソコンで何か作業しながら思案しているのではなく、それ以前のところにカーソルがあるようだ。
 だから、ノートパソコンをテーブルの上に置く必要もなく、開ける必要もないのだ。
 かなり大きなノートパソコンを開いている人がいる。それが衝立になり、顔が見えない。盾代わりだ。
 中には電源を入れない状態、または切れた状態で、真っ黒なモニターを見ている人もいる。
 その日、また一人客が増えたようだ。
 
   了

 


2013年1月16日

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