小説 川崎サイト

 

窓際から

川崎ゆきお


 その喫茶店は通路に面している。
 高橋は、その窓際のテーブル席にいつも座る。通路を通る人々を見るためだ。しかし、最初から、それが目的ではない。
 特に何することなく、ぼんやりとしていたとき、偶然窓際を見たのだ。やはり動くものに注意がいくのだろう。
 これは公園のベンチで行き交う人を見ながら過ごす老人に近い。ただし、その老人は見られている。それに夏は暑く、冬は寒いだろう。
 その意味でエアコンの効いた喫茶店内は快適だ。そのためにコーヒー代を払っている。
 通行人との距離が二メートルほど接近することがある。しかしガラスが効いている。近いのだが同じ空間ではない。室内と屋外の違いがある。
 そこを通っている人々とは面識がない。人間一般だ。
 しかし、どういう人なのかは外見で分かる。単純なステレオタイプ判定だ。
 その服装はどれも違う。当然顔も。体型の違いはそれほどない。ただ、痩せているよりも太っている方が目立つ。または、小さい人か大きい人なのかの、身長差も分かりやすい。
 ただ、高橋と関係のない人々なので、どうでもいいような話だ。しかし、これが意外と憩えるのだ。
 高橋はこれまで関係してきた人々のデーターを持っている。だから行き交う人の服装や顔を見ていると、どれかに当てはまる。
 そのため、通行人を見ていると、いろいろな人を思い出す。その思い出をたぐっていくと、物語が降り注いでくる。だから、通行人を見ながら、別のものを見ているのだ。
 惜しいと思うことがある。
 それは、非常によく似た知人の場合だ。似ているのではなく、本人ではないかと、一瞬ドキッとする。
 その知人ならもっと顔が細いはずなのだが、目鼻立ちはそっくり。しかし顔が大きい。太ったのかもしれない。十年ほど合っていない。
 通行人にエピソードがあるのではなく、高橋の中にエピソードがある。それを誘発させているだけ。
 自分と外見が似ている人を見ると、ぞっとする。きっと同じような人生を歩んできたのではないかと。
「同じ」より「違う」方が、距離を取って見てられる。
 
   了
 
 


2013年1月18日

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