小説 川崎サイト

 

人相

川崎ゆきお


 人相の悪い男がいた。それで悩んでいる。
 町の外れに人相見がいた。男は見てもらうことにした。
「目つきが泥棒だと言われます。それで警戒されます」
「ご職業は?」
「それは顔を見て、当てられますか」
「無理です」
「そこを何とか」
「泥棒です」
「やはり」
「当たっていないでしょ」
「はい、小商いをやっています」
「それは分かっています。服装や持ち物、仕草で。しかし、人相だけでは分かりません」
「あなたは人相見でしょ」
「そうです」
「じゃ、当たらない人相見ですか」
「顔かたちを見て、どういう人間なのかを言い当てます。これはあくまでも印象です。印象と実体とは違います」
「じゃ、あなたは何なのです」
「人様からどう見られているのかを教えるのが、私の役目です」
「奥深いところは当てられないのですね」
「そうです。その代わり、どういう人生を送ればいいか、どういう職に就けばいいのかをお教えできます。見てくれと実体が合致した……」
「じゃ、私は泥棒ですか」
「その鋭い目つき、白目がちで、切れ長でつり上がっています。鼻や口、顔の輪郭は、それほど特徴はありません。問題は目つきです」
「でも私は盗人などしたことは一度もありませんし、その気も全くありません。なのに、どうしてこんな人相なのでしょう」
「あなたの人相と生き方はそれほど関係していません。何人も人を殺めた人の人相を見ましたが、普通でした」
「病とかで人相は変わりますか」
「ずっとふせていれば、肉の付きが変わるでしょう」
「はい」
「年を重ねると下へ垂れてきます」
「はい」
「その垂れ具合で、顔の印象が若干変わりますが、それはお人柄とはそれほど関係はありません」
 男は少し安堵する。
「しかし」
「はい」
「その顔付きの印象を相手に与え、相手の反応が少しばかり違ってきましょう。偶然出来た顔かたちなれど、そのお顔が怖い場合、相手はそれなりの反応を致します。この違いにより、人との関係が若干左右する可能性もあるでしょう」
「ちょっと聞いていいですか。基本的なことなんですが」
「はい、何なりと」
「人相を見て、その人の過去などは当てられないのですか」
「当てられません」
「じゃ、あんたは何ですか」
「先ほども説明した通り、人様にどういう印象を与えているのかを、お知らせするのが役目です」
「何か物がなくなれば、すぐに私をみんなが見ます」
「あなたが泥棒顔だからです」
「じゃあ、私は泥棒になったほうがいいのでしょうか」
「その道で、兄貴分にはなれるでしょうが、親分にはなれません」
「兄貴分止まりでは嬉しくないです」
「泥棒に近い人相として、鋭い目つきが必要な職があるはずです。検査官などがそうです」
「しかし、私は愉快な行商人がいいのです」
「愉快?」
「お客様を喜ばせる愉快の商人です」
「無理です」
「顔とは関係なく、そう言うのがしたいのです」
「お面でも被ることですなあ」
「ひどい」
「あ、これは失礼」
「もっと、こう、どう言うのか、夢や希望を与えてくれるような見立ては出来ないのですか」
「それは無理です」
「どうして」
「私の顔を見て下さい。そんなことを言えば嘘に聞こえるでしょう」
 確かにこの人相見の人は、客よりさらに狡猾な顔をしている。
「解決法はありませんか」
「あなた得をしている部分もあります」
「何でしょう」
「あなたからは物は盗めない」
「そう言えば」
「泥棒は警戒して、あなたから盗むのをためらうのです」
「ああなるほど」
「このあたりが落としどころだと思いますがいかがですかな」
「うん、まあ……」
 人相の悪い男の客は、見料を支払った。
 
   了

 


2013年1月25日

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