小説 川崎サイト



入道雲

川崎ゆきお



 入道雲の立ち上がりが弱まっている。夏が終わろうとしているのか空が眩しくない。
 土手沿いの木陰で二人の男が座っている。ホームレスに近い中年男と青年だ。
 二人は知り合いではない。先に青年が木陰で座っていた。誰かが捨てたスチール椅子だ。近くに町工場があり、そこの事務所から出たものを、ここまで運び込んだのかもしれない。
 青年の姿を見た中年男はアルミ缶運搬用自転車をそこで止めた。実はその木陰は彼の休憩所のようだ。
 青年は知らないで腰掛けていた。
「夏がゆくのう」
「そうですね」
「君も早くゆかんと……」
「何処へ?」
「夢と希望へ向かうて」
「そうですねえ」
「こういう場所で座っておる場合か」
「ですよねえ」
「学生?」
「いいえ」
「働いてるの?」
「いいえ」
「駄目じゃないか、若いのに」
「おじさんは?」
「わしゃ、もう言えるような仕事などしておらんがな」
「でもその自転車、アルミ缶とか運ぶんでしょ」
「よう知っとるのう」
「おじさんを何度か見たことがあります」
「そうか、注目されておったのか」
「そういう仕事もあるんだなあって思いながら見てました」
「おいおい、まだ早いぞ。この境地に達するのには」
「そうですねえ」
「夢と希望の未来が青年にはある」
 中年男はポンと青年の背中をたたく。
「おじさんにもあったのでしょ」
「ああ、あったがな。もう終わったがな」
「僕もそう言えるようになりたいなあ」
「人生五十年夢幻の……や」
「おじさんにもまだ先がありますよ」
「結局はこの有り様でな。抱いた大志もここまでよ。今は君と同じラインや」
「じゃあ、何かをやった人でも、やらなかった人と同じようなものなのかなあ」
「それは言わぬが華やで」
 二人は黙って入道雲を見続けた。
 
   了
 
 



          2006年9月19日
 

 

 

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