小説 川崎サイト

 

雨の朝の社会人

川崎ゆきお


 冬。朝、雨が降っている。会社へ行きたくない。というより布団から出たくない。
 増田はもう一度寝ようとした。五分でいい。支度が慌ただしくなるが、間に合う。
 五分後目覚める。まだ決心は付かない。当然のこととして起きればいいのだ。決して睡眠不足ではない。体調的にも十分だ。
 雨音が激しくなってきた。ポタリポタリがトントントンになっている。それに背中を押された。この音では駅まで傘を差していても濡れる。
 しかし、ここで起きないと、社会生活が怪しくなる。ただ、一日だけならいいだろう。風邪を引いて熱があり、ふらふらしているので休みます。そう言えば社会生活は壊れない。ただ、これを何度かやっているため、社内ではひ弱な人間になっている。
 仮病はそれとなくばれる。しかし、そこは暗黙の了解のようなものがあり、何となく許されてきた。上司も時々やるからだ。
 よく休む社員は体が弱いということで、出世できないかもしれないが、そう言う時代は去り、出世すると余計に忙しくなるので、チームリーダーや係長にはなりたくない。それに出世したとしても会社がいつまで持つかも分からない。
 それよりも増田はこの布団のぬくもりがいい。これを優先させたい。
 相撲の力士がインタビューで答える決まり文句に一日一番がある。先のことよりも、その日の土俵に集中し、余計なことは考えないことだ。今日勝てば勝ち越しが決まり、上へ行けるとかだ。
 増田の今日一番はこの布団のぬくもりだ。ここでもっとグズグズしていたい。きっといい日になるはずなのだが、それは午前中までで、その後もう寐るのにも飽き、布団にも飽きる。そして罪悪感が襲ってくる。
 この学習能力のおかげで、先をことを考え、増田はやっと自己納得し、上半身を浮かせた。
「ワレ浮上セリ」
 潜水艦のように布団の海から増田は浮上した。
 その後、増田は無表情となり、感情を殺した。ただただ無機的にいつもの支度を終え、外に出た。
 ザーザーと雨が降っている。せっかく浮上したのに、また潜るようなものだ。しかし、感情を殺し、ロボットのようになった増田は、意に介する意を殺しているため、すんなりと雨の中に入っていった。
 この寝起きの一番勝負が、その日最大の戦いで、その後は大きな意志決定もなく、淡々と過ごした。
 増田はこうして社会人をキープしている。
 
   了

 


2013年2月6日

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