小説 川崎サイト

 

不思議な人

川崎ゆきお


「えっ、何、不思議なことを話して欲しいじゃと。ハハハ、世の中不思議なことばかりじゃ。不思議ではないことを探すほうが難しいほど……ハハハハ。そうそう、何がハハハじゃ。愉快で楽しくて笑っておるのかどうかも分からんし、また、人は何故笑うのか。それも分からん」
「ここで言う不思議なこととは、一般的に認識されていることと、少し違うような事柄です」
「君はどうしてここにおる」
「村岡さんから紹介されて、来ました」
「じゃ、その村岡という人がいなければ、ここには来なかったか」
「ああ、まあそうです。村岡さんに不思議な人がいないかと聞いて、それで来ました」
「では、その村岡という御仁が私を指名しなければ、ここには来なかった。まあ、来れないわなあ」
「はいそうです」
「これは不思議ではないか」
「よくあることです」
「その村岡さんが別の人を指名しておれば、違う人と、君は会っている」
「でも、村岡さんは、真っ先にあなたの名前を挙げ、住所を教えてくれました」
「私はその村岡氏は知らぬ」
「村岡さんもあなたとは会ったことはないようです。誰かに聞いたのでしょうねえ、きっと」
「誰に」
「いえ、そこまでは分かりません。あなたの住所まで知っている人です」
「私の住所なんて、電話帳を見れば分かる」
「じゃ、その人は、そう言うリストを持っていたのでしょうねえ。紳士録のような」
「まあ、それはいいが、人と人との出会いは不思議なものじゃ。ちょっとしたことで変化する。今、君がそこにいるのは、決して必然ではない。偶然なんじゃ」
「はい」
「ほぼ全てが不思議なことでできておる」
「世の中には不思議なことなど何もないという先生もいますが」
「それは不思議じゃと思われていることでも、何でもないようなこともあるという意味じゃ」
「ああ、なるほど」
「不思議だとは思わないことの方が、実は不思議なんじゃ」
「それはちょっと」
「ちょっと、何だ」
「理解しにくいです」
「当たり前のことは誰も不思議がらん」
「それは分かります」
「不思議なことしか不思議がらん」
「はあ」
「しかし、不思議ではないことも、実は不思議なんじゃ」
「そこが、ちょっと」
「何が問題じゃ」
「当たり前のことは不思議ではありません」
「では、その当たり前のことがどうして成立したのかを考えてみなされ。何となく間を飛ばして、省略しておるはず」
「不思議なことでもしばらく経つと不思議ではなくなることもあります」
「うまい切り返しじゃ」
「はい」
「慣れは怖い」
「そうですねえ」
「本当は凄く不思議なことをやっておるのに、慣れるとそれが当たり前となり日常となる。不思議なことよりも、そういう状態の方が不思議じゃ」
「それは認識の問題なのでしょうねえ」
「認識は時と場により違ってくる。これも不思議じゃ」
「なるほど、世の中全てが不思議な代物だと言うことが、何となく分かりました」
「そう言うことが理解できると言うことも、また不思議なんだよ」
「そこまで降りていくとちょっと」
「また、ちょっとの関所かね」
「あ、はい」
「それで、君は目的を果たしたかい」
「はい、大変不思議な意見を言われる不思議な人とお会いできました」
「それで、どうする」
「今日はこのあたりでお暇します」
「帰るのかね」
「はい」
「記事にならんかったようじゃな」
「いえいえ」
「その村岡という人を恨むんだな」
「あ、はい」
 
   了

 


2013年2月9日

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