小説 川崎サイト

 

幽霊退治

川崎ゆきお


「おや、こんな所に」
 里の占い婆さんが立ち止まって見ている。掘っ立て小屋だ。そこは山への入り口で、里の人は山入り小屋と呼んでいる。山に入るときのちょっとした道具が置かれている。
 粗末な小屋に何かがいる。
 コンコン。
 婆さんはノックしてみた。
 反応はない。それは予測できた。人が小屋の中にいるのではない。婆さんは人ではないものを感じたのだ。
 この占い婆さんは道具を使わないで占いする。だから予言者のようなものだが、霊感が強いのだろう。単に勘が鋭いだけかもしれないし、幻覚を見ているだけかもしれないのだが。
「もしもし」
 反応はない。
「入ります」
 婆さんは小屋に入った。縄や棒きれなどが仕舞われている。棚には薬缶や茶碗が並んでいる。水桶もある。
 その小屋の隅に誰かがいる。しかし見えない。
「そこにおるのは分かっておる。どうしたことかな」
 ふっと風が流れた。
「行くところがありません」
「ふむふむ。どうかされたのかな」
「取り壊されて、行き場を失いました」
「ああ、あの幽霊屋敷にいた幽霊かい」
「そうです」
 この幽霊は家に取り憑いていたらしいが、家が消えたので、行く場所を失ったようだ。
「確かにあそこは取り壊されたが、何もあんたを追い出すために壊したんじゃない。人も住まないし、壊れかかっておったので、危ないので壊したらしいぞ」
「それは分かっています。恨みはありません」
「あんたは大人しい幽霊じゃった。だから、わしも幽霊退治はせんかった」
「ありがとうございます」
「いやいや、わしの祈祷が通じるかどうかは分からん。まともに勝負して勝てたかどうかは分からん。それもあって、あんたのことは無視していた。負けると信用を落とすのでな」
「いえ、私は弱い幽霊です。婆様の祈祷で一撃でやられていたでしょう」
「そうではない。本当に怖くて強いのは、あんたのような幽霊でな」
「そんなことはありません」
「それで、ここに住み着いたか」
「いえ、ここは仮住まいで、満足はしていません」
「では、何処かへ行くのかな」
「はい、古くなった屋敷を今探している最中です」
「里には古い屋敷はいくらでもある。そこは駄目か」
「はい。趣味に合いません」
「それは、まあ、里としては幸いじゃが」
「何処か、いい屋敷はありませんか」
「うむ、この山入り道をずっと進むと、道が二股に分かれる。左の道を進むと寺がある。そこでは駄目か」
「無理です。お寺は」
「ああ、そうだったのう。お経は嫌いだろうからのう」
「何かいい物件はありませんか」
「耶蘇教の廃寺はどうじゃ」
「ああ、それなら好みです」
「少し遠いが、二股で右へ行けば荒神山に出る。その山の向こう側に廃寺がある」
「屋根はありますか」
「あるある」
「人は来ますか」
「滅多に来ん」
「あ、それ、好みです。人が来ると忙しくて」
「じゃ、そこへ行きなされ」
「はい。ありがとうございました」
 この占い婆さんは祈祷で、幽霊退治をしたわけではない。そして、退治さえしていない。
 これで、この里に出る幽霊の噂も消えた。
 
   了


2013年2月11日

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