小説 川崎サイト

 

私の日常

川崎ゆきお


「普通の日常がいいです」
「でも、人によって日常は違うでしょ」
「はあ」
「朝起きたときから、もう違う。いや、起きる寸前でもう違う」
「はあ」
「目覚めると、すぐに飛び起きるのが日常である場合もあれば、先ずはゆるりと首だけを起こし、次はじんわりと上体だけを起こし、そして少しそのままの姿勢で慣らし、左側の手を突いて、スーと頭は動かさないで立つ」
「何ですから、それは」
「血圧が高いとか、低いとか、目眩があるとかないとかで、そう言うセレモニーをやりながら布団から出る人もいます。この人にとってそれは日常です。だから、普通の日常と言っても、人様々」
「ああ、なるほど、でも朝起きるということは、同じでしょ」
「起きるという意味は同じでも、起き方にその人の事情が反映されています」
「細かい」
「次はどうしますか。あなたの日常は」
「トイレに行きます」
「冬など寒いでしょ。だから、上に何かを羽織ったりしますね」
「僕はそのままです」
「ほら、ここでも違う。また、起きてすぐにやることがトイレへ行くことは、あなたの日常ですが、そうではない人もいます。冬なら、先ずはホームゴタツに入って、テレビを付けるとか、エアコンを付けるとか、ストーブを付けるとか、色々と枝分かれします」
「あなたは、どうされますか」
「私はパソコンを見ます。メールチェックです」
「起きてすぐですか」
「はい、そうです。先ずはそこから始めます。早くやらなければいけない催促のメールが届いているかもしれなせん。ここでは読むだけで、返事などはしません。その後はウェブのチェックです。これはほんの数分ですみますが、そのうちトイレに行きたくなります。私の場合、寝起きすぐには出ないのです」
「何がですか」
「大です」
「はい」
「私の場合、来たな、って感じに襲われないと、駄目なんです」
「その後、どうします」
「当然トイレでしょ。出かかっているので、それを見逃す手はない。これはですねえ、よく便秘をするんです。だから、チャンスは見逃さない」
「僕の日常の中には便秘はありません」
「そうでしょ。日常にないことが、起こるのですよ。あなたの日常と私の日常は違う。そして、万人みな違う」
「それは分かりますが」
「だから、普通の日常なんてないのですよ」
「じゃ、どう言えばいいのです」
「それぞれの日常です」
「細かい。では、日常とは何ですか」
「昨日と今日がまあ、同じような感じってことでしょうかね」
「分かりました」
「はい」
「あなた、起きるとき、最初首だけ持ち上げて、その後上体だけスーと上げて、ということをやっているのですか」
「やってません」
「じゃ、どうしてそんなこと、知っているのです」
「親戚のお婆さんがそう言うことをしているからです。心臓に持病があります」
「ああ、そうなんですか」
「私はそれを聞いて、それを取り入れました。まあ、しかし忘れてしまい、さっと起きることが多いですがね。だから、最近は忘れています。やったりやらなかったりですかね。だから、昨日はやったけど今朝はやっていなかったりするので、昨日と同じことを今日やっているわけではありません。まだ日常化されていないのです」
「細かい」
「いえいえ、私はそんな繊細で細やかな人間ではありませんよ。後で考えると、そんなことをやっていたという程度で」
「僕なんか、そんな細かいこと、考えたり思い出したりしたことないです。他に考えることが、多いので」
「はい、それでいいのですよ。それがあなたの思考パターンなのですから」
「いえいえ」
「しかし、人はあまり細かいことを考えないで、動いたほうがいいですよ。ただ、何処かでぶつかると面倒ですがね」
「それって、独り善がりってことですね」
「そうです」
「調整が難しいです」
「誰でもです」
「あ、はい」
 
   了

 


2013年2月15日

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