小説 川崎サイト

 

炎上

川崎ゆきお


 岩田老人は大和田老人と出会った。
 真冬だが春の訪れを感じさせるような暖かさで、さらによく晴れていた。
「元気そうじゃないねえ」
 大和田老人が素直な感想を述べる。
「ああ、そうかな」岩田老人も特に反論しない。
 二人は若い頃からの知り合いだが、老人になってから合うのは久しぶりだ。
「あの頃は若かったので、元気だったんだよ。体力の問題もあるが、気分に勢いがあった。まあ、それを元気があるというのだがね」
「あの頃の元気さを見ているので、今の岩田さんは静かすぎますよ」
「それはねえ、大きな夢がなくなったからさ。今も少しは夢を見るがね、それは叶わぬ夢で、ほとんど不可能だ。若い頃はその夢に可能性があった。まあ、よく知らなかっただけのことかもしれないが、やれば出来ると思えたんだよ」
「なるほど」
「だから、その夢を果たすためのエネルギーを蓄えていた。だから、元気だったんだよ」
「今は?」
「今はね、夢が小さいので、そんな大きなエネルギーは必要ではない。だから、バッテリーは小さくていい」
「要するに諦めてやる気をなくしたってことかな」
「いやいや、わしの力からいけば、よくやったさ。あれでベストだったんだから、それでいいのさ。それより、大和田君、君はどうなんだ。昔から元気がないが、今はどうなんだ」
「どう見えます」
「分からん」
「僕は昔から夢を見なかったかなあ。だから、それほど変わらない」
「そんなことはなかろう。一緒に夢を語ったじゃないか」
「ああ、あれは岩田君に合わせていただけなんだ」
「そうだったのか」
「僕は僕で別の夢、この場合、夢というほどのものじゃないけど、別の趣味をやっていたんだ。趣味だから、それでは食えないし、専門家にもなれないし、プロにもなれない。まあ、プロなど最初からいなかったけどね。これは楽しみでやっていたので、それだけの話さ。岩田君のように、人生をそこにかけるようなことじゃない」
「何をしていた」
「言わなかったけど、城を作っていたんだ」
「城」
「ミニチュアだよ。模型」
「マッチでかい」
「割り箸の時もあったけど、爪楊枝の時もあった」
「ほう。知らなかった。何故言ってくれなかったんだ」
「自分だけで楽しむ遊びだからね」
「うむ」
「で、庭でね。その城を燃やすんだ。落城だね」
「模型だろ」
「そこまで精巧に作れないさ。だから、モデルの城はあるけど、そっくりとまではいかない」
「もったいないじゃないか」
「燃やすために作るんだから、平気だよ。それに証拠が残るじゃないか」
「証拠」
「そんな城を作っているという」
「ああ」
「天守閣だけじゃなく、二の丸三の丸。城下まで作ったかなあ」
「大作じゃないか。ジオラマだ」
「次にやったのは、潜水艦だ」
「飛ぶねえ」
「これも手作りだよ。密封性が大事だ。これは難しい。空き缶は使わない。それは反則だ」
「ああ」
「風呂場で一度だけ実験する。進水式だ」
「うん」
「それが済むと、今度は本番で、池でやる」
「ああ」
「これは沈むと、もう浮上しない」
「ん」
「だから、その池の底、僕の潜水艦が多数沈んでいるはずだ。ただ、上の部分は燃えているがね」
「燃やしながら沈んでいったのかい」
「二ヶ月ほど掛けて作り、サーと消えていく」
「そんなのいつ作っていたんだ」
「君にも内緒。誰にも内緒だよ」
「うーん」
「今はねえ」
「まだ、何か作っているのかい」
「それは内緒だけど、燃やせる場所がなくてね。まあ、作っては燃やし繰り返していたのは若い頃さ。君が人生をかけてやっていたことに比べると、とてもでもないけど言えなかった」
「しかし、今もまだ、何かを作ろうとしているんだろ」
「しているしている」
「うーん」
「じゃ、君の方が、まだエネルギーは残っているんだ」
「体力と根気の問題でね、昔ほど大作は作れないよ」
「まあ、いいけど、元気そうでなによりだ」
「だから、元気がないから、そんなことを昔からやっているだけなんだよ」
「そうかそうか」
 
   了

 


2013年2月16日

小説 川崎サイト