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梅姫
川崎ゆきお
寒い日だった。春はそこまで来ているはずなのに。
梅の花が咲いている。紅い小さな蕾がボールのように見える。この枝を切り、生け花にすれば、当分持つだろう。咲いているのは一つだけで、あとはすべて蕾だ。
雪が降っているのに菜の花が咲いている。早すぎるのだが、それは菜の都合だろう。
島田は春がすぐそこに来ていることを知り、焦りだした。今冬にやるべき事を終わらせていないためだ。
北国ではないので、春が待ち遠しいわけではない。もう少し冬が続けばいいと島田は思う。菜の花にも都合があるように、島田にもある。
仕事の納期が迫っている。散歩などしている場合ではない。
しかし、その余裕が欲しい。
そんなことをぼんやりと思いながら梅の枝を見ている。柵があり、それ以上寄れないので、枝を持ち帰ることは難しい。さらに人が多い。自転車置き場の近くのためだ。
あの枝を切り、花瓶に差し込みたいと考えた。花を愛でるのではない。それなら伐らないだろう。そうではなく、あの蕾を暦代わりにしたいのだ。全部咲ききるまでに仕事を終える。
スケジュール表の時間ではなく、梅の時間に合わすのだ。
人通りが切れたところで、さっと柵を乗り越え、細そうな枝をバキッと折る。枯れ枝ではないので、一発では折れない。何度もそれを繰り返し、やっと切り離した。
島田は堂々とその枝を手にし、さも当然のように自転車の前籠に入れた。こそこそしていると、逆にその姿が妙なので怪しまれる。
それで、無事梅の小枝を持ち帰った。
そして、仕事をしながら、梅を観察した。全部咲ききるまでどの程度の時間が、日にちがかかるのは分からない。だからいいのだ。
二日経過したが変化はない。温度的には室内の方が暖かい。問題は日当たりかもしれない。
それ以前の話だが、水を入れていなかったということもある。これは確実に入れている。
島田は南の窓に面した場所で作業している。ここは朝になると陽が当たる。そのため、カーテンを閉めている。冬場など寒いので開けたことはない。
島田は梅を窓際に持ってきた。そしてカーテンを開けた。布一枚だけのことなのだが、寒く感じる。いや、実際一度ほど寒くなったはずだ。
一週間後、梅の変化はない。咲いた花もそのまま、蕾もそのまま。
この部屋は植物が育たない状態にあるのだろうか。そういえば観葉植物の鉢植えを置いたことがあるが、枯れてしまった。
これでは梅暦にならない。
その翌日、島田が動いた拍子で、咲いていた花びらが落ちた。
もはやこれまでだ。島田は梅の枝をゴミ箱に捨てた。
その夜、小さなお姫様が現れた。梅姫と名乗った。あなたのおかげで私はあの場所から逃げることが出来ました。ありがとうございました。
などということはない。
結局納期に遅れ、すごく叱られた。
了
2013年2月22日