小説 川崎サイト

 

奏でるひな人形

川崎ゆきお


 ある山間の地方都市。既に城はないが、城下町だったようだ。武家屋敷跡などはなく、古い商家が少しだけ残っている。この程度では観光資源にはならないが、資料館のようなものを形だけこしらえている。古民家を町が買い上げたものだ。
「是非博士のお力を借りたい」
 木の古株のような顔をした田舎紳士が妖怪博士を訪ねてきた。
「ひな祭りのですなあ、おひな様を集めましてなあ。ちょとしたイベントというか催し物を資料館でなあ、準備しておりましたんや。近所の古い家で代々伝わるおひな様を集めまして、それを八畳の間二つぶち抜いた座敷に配置したわけですがな。こんなことをしても観光客なんぞ来ませんが、まあ、何かやらんと町がうるさいよって、ああ、その資料館、高田はんのお宅でしたんやど、今は私らで管理してます」
 話が長そうなので、妖怪博士は膝を崩した。田舎紳士は正座を崩さない。
「それで、どうなりましたかな」
「夜中おひな様の楽隊というか、あれはなんでしょう。笛や太鼓が聞こえてきますんや。そんなアホなとわしも思いましたがな。確かに笛を持ってる人形もおりますが、穴が空いてまへんがな。こんなもんで鳴りまっかいな」
「どんな調べでしたかな」
「神前結婚式の時に聞こえてきたような。最初それを聞いた勘二郎はんは村祭りの時のお神楽やったというておりますなあ。田宮の大将は正月の時、食堂に入ったとき、よう聴く曲やと」
「音だけですかな」
「いや、それが、動いたんやないかと、いうものもおります」
「何が」
「ひな人形の誰かでんがな」
「多数のひな壇が並んでおるわけでしょ。種類も違う。年代も違う。大きさも」
「最近は滅多に出してきません。まあ、古いのは家宝みたいなもんですなあ。座敷の両脇にずらりと並べています」
「夜中それらひな人形が動き出し、喧嘩をしているようなことは」
「さすがに妖怪博士。怖いこと言わはるわ。そやけど、そこまでいってまへん。何とのう動いたように見えるとか」
「ずっと、一体の人形を見つめてご覧なさい。ずっとずっとです。すると動いたように見えますよ」
「そうでっか」
「それにひな人形の腕とかは曲がらないでしょ。また、座っている人形が立つとしても、立ち絵はないと思いますなあ」
「立ち絵」
「座っているポーズしかないわけですからね」
「ああ、なるほど」
 木の古株のような田舎紳士の顔が、木の瘤のようになった。
「しかし、演奏はどうなります」
「それだけ大勢のおひな様が集まっているのですから、これは人形鳴りですかな」
「人形鳴り」
「山鳴りのようなものでっか」
「人形の中に入っている魂が共鳴しあうのじゃよ」
「やっぱり、怖い現象やんか」
「人形鳴りは妖怪談でしてな。そんなものは実際にはありません」
「じゃ、何でっかいのう」
「楽器を手にしている人形をずっと見ていると、その連想で、音を感じたりするものですよ。笛ならそれが鳴っているときの音」
「ああ、はい」
「空耳です」
「そうなんですか」
「だから、一人一人、聞こえてくる曲が違う」
「じゃ、その人形鳴りやのうて、耳鳴りでっか」
「ああ、ご老人、うまいことをおっしゃる」
「そうでっか」
「耳が勝手に鳴っておるのでしょうなあ」
「ああ、なるほど」
「それで、その曲が頭の中でずっと回っておるのですよ。まあ、止まったとしても、またひな人形を見ると回り出す」
「うーん」
 田舎紳士は、礼を言い、帰り支度を始めた。
「あ、これはお礼です」
 と、言いながら風呂敷包みから地卵と書かれた箱を取り出した。
「我が町の特産品です」
「それはどうも」
 老紳士は内ポケットに寸志と書かれた封筒を入れていたのだが、それは出さなかった。
 妖怪博士の回答に共鳴出来なかったようだ。
 
   了

 


2013年2月24日

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