小説 川崎サイト

 

冷や飯妖怪

川崎ゆきお


 正木老人は自炊している。
 最近妙なことが起こっていると感じている。それはご飯だ。電気炊飯器で毎日一合半炊いている。それが1日分。茶碗に一膳分。朝昼夜と三等分する。
 朝に炊き、保温はしない。昼夜はお茶漬けだ。
 そのご飯がおかしい。炊いたご飯が妙なのだ。味の問題ではない。
 晩ご飯の時、炊飯器の蓋を開け、割り箸で冷やご飯を茶碗に移すのだが、少ない。
 減っているのだ。半膳も残っていない。妙なこととはこのことだ。
 米の量を間違えた日に、その現象が起こるのかもしれないが、それなら多い目に残る日もあってしかるべきだ。
 米は、米びつから計量カップで移す。計量カップは炊飯器に付属していたもので一合分だ。だから、カップ一杯プラスカップ半分を移す。カップ一杯は分かりやすい。ただ日により目一杯の時もあれば、やや足りないこともある。その差は一割以内だろう。大きな誤差が出るのはカップ半分だ。カップはややすり鉢状に出来ている。底より上の方がやや広い。そのため、ちょうどカップの真ん中よりも多少は上になるように米を入れている。目盛りはあるが老眼で見えない。
 この誤差のある状態で、何年もご飯を作っているのだが、最近のようなことは希というより、なかったことだ。つまり、その誤差を超えるほど減り方が激しい。最後の晩ご飯時、やや少ないとか、やや多いとかはあった。これは計量の誤差を正直に示している。
 だが、半分以下というのはない。だから、妙なことなのだ。
 次にチェックすべきは水量だ。これも計量カップに一杯半を入れている。水の量が多ければそれだけ軟らかくなり、量が多くなるように見えるが、それが影響しているとも思えない。米の種類、その量。水の量、その組み合わせは何年もやっているが、晩ご飯時に半膳しか残っていないというようなことはない。
 これは、誰かが食っているのではないかと考えたのだが、考える前から、そこには解がないことは分かっている。一人暮らしなのだから、誰かがつまみ食いするわけがない。
 正木老人は、冷やご飯を食べる「冷や飯」という妖怪の仕業ではないかと考えた。もちろん冗談だ。冷やご飯が減りすぎていることよりも、そんな妖怪が炊飯器の中の冷やご飯を食べている絵の方が規模は大きい。ご飯どころの騒ぎではないだろう。
 結論、つまり解は、それを意識することで得られた。
 それは、最近食欲があり、多い目に朝、昼と茶碗に入れていたためだ。
 では、どうすればいいのかだが、二合炊けばいい。
 
   了


 


2013年2月28日

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