小説 川崎サイト

 

幽霊のいる喫茶店

川崎ゆきお


 まだ古い街並みが残っている町に吉田は引っ越した。街道でも通っていたのだろう。と言って宿場町というほどの規模ではない。
 吉田は暇人なので、朝には必ず喫茶店へ行く。この町にも喫茶店が数店ある。その中で一番近い店へ朝一番に行く。
 それで、三ヶ月ほど経過した。
 ある日、老いたマスターが、三番客ですねえ。と言った。朝、三人目に来た客のためだろう。しかし、店内には吉田の他は一人しかいない。その客は老婆で、農家の隠居さんだ。
 もう一人来ているはずなのだが、姿が見えない。トイレにでも入っているのだろうと思っていたのだが、姿を現さない。
「二人しかいませんよ。僕は二番目じゃないのですか」
「まあ、そうなんだが」マスターはゆで卵を引き上げながら答える。
「一番客は誰ですか」
「そこの婆さんだよ」
 聞こえたらしく、農家の婆さんはにんまり笑う。
「じゃ、二番目は」
「そこに座っておるよ」
 来たなあ、と吉田は思った。
「そこって」
「そこだよ」
 マスターはカウンターの奥を指さす。当然だが誰も座っていない。
「はあ……」
 吉田はそれ以上突っ込みたくなかった。
「前川さんだよ。あなた知らないけど、開店以来ずっと来ていたお年寄りだ」
 吉田はおおよそのことが分かったので、これ以上聞きたくない。
「この席、この時間は誰も座らないんだよ。だって、前川さんが来ているからね」
 マスターはゆで卵を六つほど盆皿に乗せ、その前川さんの前に置く。端っこのカウンター席だ。吉田はそれをゆで卵を置く場所だと最初思っていた。しかし、今の話からすると、それは供物だ。まるで、餅や団子を供えるようにゆで卵を置いているだ。月見のように。
「あたしには前川さんが見える。しかし、それだけじゃない」
「はい」
「お侍さんも見える」
「はあ」
「でも、そのお侍さんは知らない人だからね」
「はあ」
「いつの時代かは分からないけど、昔ここに街道が走っていたんだよ。今も細い道が続いている。この店はその沿道でね。まあ、そんな昔のことは知らないんだけど、想像だが、そのお侍さん、お爺さんでね。だから隠居さんなんだよ。しかし、この辺りは鉄道で言えば小さな駅でね。小さな町だった。町人のね。だから、武家屋敷はない。もう少しお城側に行くと、少し残っているよ。だから、そのお侍さんのお爺ちゃんは何キロも離れたところから、ここに来ていたんだろうねえ」
 長い説明だ。
「街道沿いに石があってね。この店を作るときにもあったよ。それがまあ、座り石で、休憩でよく人が座っていたらしいよ。ここからは怪談だけど、その石のあった場所と、前川さんが座っている場所が重なるんだよ。お侍さんが毎日、そこで座っていたんだろうねえ。そして今もね」
「それじゃ、席の取り合いになりますよ」
「まあ、そうなんだけど」
「他は」
「他?」
「そんな感じの人、他にいませんか」
「これはもう淡いんだけど、鎧武者の人もいるねえ。滅多に現れないんだけど。これも調べたんだけど、この先に山城があってね。その麓で小勢ありがあったらしいよ。その当時はここは小さな村さ」
「つまり、その鎧武者が果てた場所なんでしょ」
「そうそう」
「他には」
「いるかもしれないけど、あたしじゃ見えないよ」
「マスターは、そういう癖のある話がうまいですねえ」
「まあ、そうなんだが」
 吉田は、このマスターは濃すぎると思い、明日から、別の店へ行くことにした。
 
   了

 


2013年3月1日

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