小説 川崎サイト

 

些細事

川崎ゆきお


 これは些細な事なので、大きな声で語るようなものではない。と、前置きして岸本は語り出した。
「ちょいと熱がある。風邪の引き始めかもしれない。鼻水も出る」
「病気の話ですか」聞き手が訊く。
「病気そのものじゃない。まあ、ちょいと体調が悪いときの話だよ」
「はい」
「コマ数の少ないアニメを見ているようになる。粗いんだ。間がない。まあなくても何とかなるんだけど、いつもよりコマ数が少ないことは事実だ。だから、判断も荒っぽくなる。と言って趣旨に反する判断はしないがね」
「判断の話ですか」
「そんな体調の時、結構イライラしている。体調に対しての苛つきではなく、判断に対してだ。逆にこれは、素早く判断出来るため、悪いことでもない」
「はあ」
「まあ、些細なことは省ける。色々な含みがあるが、細かい含みは飛ばせる。大事なことだけが残る。判断材料がそれだけ少なくなり、余計なことは飛んでしまうからね」
「じゃ、風邪で熱があって、頭がイライラしているときの方が、善い判断が出来るのですね」
「しかし、それは楽しくない。答えがすぐに出るから」
「早く出るほうがいいんじゃないのですか」
「色々味わいたい。その色々が減る」
「様々な配慮のようなものが美味しいのでしょうか」
「美味しくはないが、単純に決めてしまっていいものかどうかを考えてしまう。体調の悪いときは、面倒なので、早く決めるがね」
「どうせ、それに決めるとすれば、早いほうがいいんじゃないですか。決断力が早まるのでしょ」
「そうだね。苛立っている奴は、早く決める。決断が早い」
「それも悪くないと思いますが」
「まあ、一般にはね。しかし私はもう少し思い巡らせてみたい」
「それは優柔不断ということでは」
「まあ、時が来れば決める。だから、いつまでも決めないわけじゃない」
「はい」
「荒っぽいと些細なことが飛ぶ。その些細事の中に、実はブレーキとなっているもの、あるいは推し進めれば非常にいいことが起こるようなことが隠されているかもしれないんだよ」
「でも、些細なことはメインじゃないので、それほど重要なことではないのでしょ」
「重要なこと、それはほとんどが欲得だよ。だから、それに引っ張られて出てきたような解答だ。ところが些細事の中には、曖昧なものが含まれている。核心に通じる窓のようにね。意外とこちらのほうがスケールが大きいかもしれない」
「そうなんですか」
「だから、風邪を引いてイライラしているとき、判断するのはうまくない。即決出来るが、些細事からの通路を思い描く余裕がない」
 テーブル上の書類に岸本はサインと印鑑を押せば、それで成立する。聞き手は苛立った。
「だから、今日は契約しない。風邪なんでね」
「長い説明でしたねえ。じゃ、またお伺いします」
「そうしてくれ」
 
   了


 


2013年3月2日

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