小説 川崎サイト

 

蠢く春

川崎ゆきお


 梅の花が咲いている。菜の花も咲いている。
 梅の花はしだれ梅だろうか。商店街の飾りのように咲いている。それを一眼レフを手にした老人が撮したのだろうか。撮し終えたあとらしく、梅の花を背にしている。そして、もう一人老人がいる。これはお仲間のように見えるのだが、そうではないらしい。その老人は今まさに梅の花を撮している最中だ。ただし柵があるので、真下までは行けない。造園用の植木屋の敷地だ。売り物なのだ。だから、枝振りも見事な梅が数本植わっている。決して梅干しを取るための梅畑ではない。
 さて、その老人も梅を撮しているのだが、カメラが小さい。ケータイだろう。もう一方の手に長い筒袋をぶら下げている。ここに望遠レンズ付きのカメラを入れているように見えるが、よく見ると水筒だ。そして、一眼レフの老人とは別行動で、反対側を歩いて行く。水筒をぶら下げた老人は散歩中に違いない。そして、釣られて撮したのだろう。
 そこにもう一人、自転車老人が通り過ぎ、その先の畑に咲いている菜の花を見ている。自転車からは降りないで、ポケットからコンパクトデジカメを取り出す。高倍率ズームデジカメのためか、ジーと天狗の鼻のようにレンズが伸びる。遠くの菜の花を撮しているのだ。
 その背中を先ほどの散歩老人が見ている。そして、釣られて自分も撮している。
 春になると、土中から虫が湧き出すように、こういった老人が蠢き出すのだろう。
 自転車老人も、一眼レフ老人も水筒老人も近所の人に違いない。自転車距離、徒歩距離だ。
 時間は昼過ぎ。ちょうど昼食後の散歩だろうか。
 黒田は、それらの光景を、近くの貸し農園で土を弄りながら見ていた。黒田も老人だ。
 近くに小学校はあるが、まだ終わっていないので、子供の姿はない。外に出ているのは老人ばかり。
 たまに宅配の車が通る。黒田は見るものがないので、そういうものまでじっくりと見る。どの家に届けるのかまでは追わないが、自分も何かを注文し、華々しく届けてもらいたい。
 小さなスコップが欲しい。錆びないような加工を施したものを。立ち上がってよろけると、隣の領地に足が出てしまうほど狭い。出来れば隣の領土を得たいが、順番待ちで、すぐには借りられない。
 先ほどの自転車、一眼レフ、水筒の老人は不審者と間違えられる可能性が高いが、黒田は地に足が付いている。自分の領土にいるためだ。
 その貸し農園の横に、本物の田んぼがある。この季節は水田前なので、春の野菜類を育てている。全て機械式だ。ビニールハウスにしていないだけ、ましだろう。
 黒田は産まれたときからこの近くに住んでいるので、その田んぼもよく荒らした。そのときの怖い農家のおじさんは、もういない。その孫の世代がやっている。同級生なので顔見知りだ。
 甲高い音と共に救急車が走っている。駆けつけている最中か、細い道に曲がり込んだ。その先の家だろう。
 黒田はスコップも欲しいが、双眼鏡も欲しくなった。
 
   了

 


2013年3月10日

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