小説 川崎サイト

 

心霊現象

川崎ゆきお


 心霊博士が妖怪博士を訪ねた。疲れたような顔をしているが、疲れ顔では妖怪博士も負けてはいない。だから、最初からそういう顔なのだろう。ただ、いつもの心霊博士からすると、やや動きが緩慢だ。動作がゆっくりしている。
「いやはや、疲れましたよ」ここではっきりと自覚症状を披露した。
「霊物は疲れます」
「憑かれますかな」
「ああ、まあそんなところでしょうか。憑かれるし疲れる。それに比べてあなたはいいですねえ。妖怪は無邪気でいい」
「ああ、まあ」
「僕は別に幽霊ハンターではないし、霊能者でもない。ただ研究しているだけなんだけどね。まあ、それにしては疲れる」
「何かありましたか」
「いやいや、心霊現象の原因を探っています。まあ、これは昔からある説なんですがね」
「聞きたいですねえ。幽霊の正体が分かったのですね」
「何度も分かったんだけど、何度も違うかった」
「妖怪の場合、内部か外部かが問題になることがありますよ。錯覚や気のせいとかね。これは内部説です。幽霊の場合は、どうなんですか」
「精神的なものだと思うんだけど、それだけではない面も多々ある」
「つまり、外部になる何かがある。見た人とは関わりなく、それは存在していると」
「昔は、そうだった」
「今もそうなんじゃないのですかな」
「霊と言っていますが、これをエネルギー体として捉える場合があります。この場合、外部です」
「エネルギー」
「まあ、燃えかすのようなものでしょう」
「念が残るとかですかな」
「そうです」
「それじゃ、世の中、念だらけで騒がしい。大混雑でしょうなあ」
「そのエネルギーのようなものは物理的なものでしてね、これを少し前の人はベクトルと呼んでました」
「ベクトル」
「ある方向性を持った力のようなものです」
「波長のようなものですかな」
「霊はベクトルであるというのは比喩です。だから、波長だと喩えてもよろしい」
「元気じゃないですか、心霊博士」
「いやいや、疲れていますよ」
「それは自動運動のようなものですかな」
「分かりやすくいえば、磁石ですよ」
「ああ、あれは、吸い付きますね。長く」
「古人はそういうのを利用して、霊をとどめる装置を作ったりしました」
「ピラミッドもそうなんじゃろ。あの形の中にカミソリを入れておけば錆びんとか言いますから」
「霊がとどまるのは、そういう装置があるから、またはそれに似た空間があるからでしょうなあ」
「その場合の霊とは何でしょう、心霊博士」
「ロボットです」
「はあ?」
「じゃ、霊魂ではないのかい」
「人格はありません」
「ほう」
「勝手に動いておるのです」
「ほうほう」
「切れたトカゲの尻尾のようなものです」
「少し、話が飛ぶが、ずっと残る念力のようなものかね」
「念力。これがまた厄介だ」
「妖怪博士」
「はい」
「あなたの近くで念力を使う人がいますか」
「いない」
「そうでしょ」
「しかし、念をしつこく送る婆さんは知っておる」
「それは呪術です。昔はそれで呪い殺したといいますからね。しかし、結構手間がかかる行事ですよ。一撃で殺せない」
「はい」
「むしろ、その装置の方が怖い。そういう呪詛する姿の方が怖い。呪詛されていると感じると、これは危ない」
「ややこしい話ですなあ心霊博士。そんなことばかりやってると疲れるでしょ」
「はい、大いに疲れます。だから、ここで息抜きをしに来たわけでして」
「それで、幽霊の正体は分かったのですかな」
「外部説を採ると、かなり面倒です」
「博士、そういう怪しいものは辞めたほうがいいですぞ」
「まあ、そうなんですが」
「しかし、幽霊がトカゲの尻尾だと思えば、かなり気が楽になるんじゃないですか」
「意志はありますが、それはプログラム内での話です」
「意志とは何でしょうなあ。恨みとか、訴えたいことがあるとか」
「意志の燃えかすです。もう本体から離れて、エネルギーのようなものがそこにあるだけです」
「本体とは、ご本人の霊魂ですか」
「そうです」
「いやいや、それ以上追求するのは辞めましょう」
「僕には見えませんが、ここにも霊はいます」
「おお、怖い怖い。大丈夫ですかな、心霊博士」
「これは仮説です」
「魂魄この世にとどまりすぎですなあ」
「見える人には見えるのです」
「それは、内部ですかな、外部ですかな」
「内部でしょう」
「ほう、見えるんだから、外部じゃないのかね」
「内部と外部がごっちゃになった世界なんです」
「あらら」
「一般的に、それは精神状態と言うよりも、体内での物質の問題だと思いますがね」
「ややこしいですなあ」
「だから、疲れます」
「しかし、その物理的な、トカゲの尻尾のような幽霊なら、誰でも見られるのでしょ」
「はい、物鳴り程度なら」
「家鳴りですかな」
「そうです」
「古い家は傷んでおるので、よく鳴りそうじゃが」
「ドアが勝手に開いたりします」
「それらは、そのトカゲの尻尾で説明出来るわけですかな」
「鳴りやすい条件が揃った場合にです」
「その条件とは」
「そのエネルギーが籠もりやすいことです」
「では、物が浮いたり、椅子が床を滑っていくとかは」
「問題はそこなんです。これはそのエネルギー体を誰かが利用しているのです」
「誰が」
「それもまたエネルギー体なんです」
「心霊博士、あなた、疲れて当然です。しばらく休養されては」
「はい、そうします」
 
   了

 


2013年3月12日

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