小説 川崎サイト

 

瞑想の渓谷

川崎ゆきお


 昔はキャンプ場で賑わった渓谷がある。ただし夏場だけ。子供達の水遊びにはもってこいの場所で、大きな岩は滑り台になる。
 今は寂れてしまったのだが、バンガローは生きている。年代物のため枯れた趣がある。
 それをヒントにして最近は瞑想庵として復活した。冬場はやや寒いが、小さな火鉢がオプションで付く。
 別に修行のための瞑想ではなく、ただのお籠もり堂としても使える。
 それで結構利用者が多くなったので、一人用の小さな堂も作られた。まあ、木の箱のようなものだ。こちらは格安で、人気がある。ただし規制があるので、宿泊は出来ない。ただの屋根貸し囲み貸しのようなものだ。簡易便所程度のものだ。
 確かに誰にも共有できないことを便所の秘密と言うことがあるので、スペース的にはそんなものだ。
 ただし、トイレはトイレで別にある。
 鳥の囀り、風で木の葉がざわめく音。水の音。そういうのを聞きながら時間を過ごす。それだけのことなのだが、この何もなさが逆によかったようで、常連客が増えた。
 施設運営者の自宅が近くにあり、親戚が泊まりに来たと言うことで、宿泊させている。ただし現金は受け取れないので、そこは曖昧なやり取りで宿賃を払っている。また、病人が出たので、部屋で寝かせているだけ、など、色々手を使っている。ここは旅館ではない。
 キャンプ地は上流ほどベテランがいる。ここの連中の中には住み着いている者もいる。当然バンガローとして宿泊することは出来ない。休憩用のベンチを置いているようなものなので。
 そのため、勝手に野宿をしているという体を取っている。利用者はホームレスではない。静かに一寸籠もっていたいだけだ。
 さらに上流に行くと、岩場に座っている人もいる。上級者だ。そういう人がぽつりぽつりといるのだが、平らな石や岩に限りがあるので、場所取りが大変らしい。ここはもう籠もるというより修験者の域だ。
 そんなキャンプ場があれば、行ってみたいものだ。
 
   了

 


2013年3月25日

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