小説 川崎サイト

 

古い屋敷

川崎ゆきお


「ここは何処だろう……」と三村は考えた。
 夢の中での話だ。それだけにどうでもいいようなことなのだが。
 古い街並みが続いている。三村は昭和生まれだが、それよりも古いようだ。大きな屋敷があり、板塀が続いている。堀ではないが川がある。ドブ川だがそれなりに広い。飛び越えられないことはないが、万が一と言うことがある。微妙な幅なのだ。
 門があり、橋が架かっている。かなり大きな門で、お寺の門に似ている。だから、寺かもしれない。何せ夢の中なので土地勘がない。
 三村はその建物内に入ろうとしていたのだろう。だから、川を飛び越えようとしていたのだ。飛び先は板塀の下。足場は十五センチほど。たとえ飛び越えたとしても、今度は板塀をよじ登らないといけない。塀の上には屋根があり、庇がある。そのため、登るのは難しい。
 これが川だとすると、堀のように屋敷を取り囲んでいないはずだ。
 それで、三村は板塀の端まで行き、そこで曲がる。狭い道が通っている。周囲も似たような建物が続いている。寺社町ではないかと最初思ったのだが、寺らしい気配がない。屋敷町かもしれない。武家屋敷というほどには古くもない。
 さて、板塀を曲がり込むと、すぐに勝手口を見つけた。普通の家の玄関ほどある。だから、ここの人は普段、ここから出入りしているのだろう。あの門は飾りのようなものかもしれない。
 勝手口は二枚のガラス戸からなっている。一方を引くと、がらりと開いた。塀だと思っていたのだが、建物の一部だった。そのため、いきなり屋内だ。
 炊事場だろうか、竈が二つ並んでいる。細い煙突が上に延び、天井を貫通している。ここは使われていないのか埃を被っている。そして、炊事場のゴチャゴチャしたものがない。
 三和土から板の間へ上がる。六畳ほどあるだろうか。こういう所で膳の用意をしたのだろう。今は何もない。
 廊下があり、そこを通ると、畳敷きの部屋が見える。襖や障子は開いている。座敷に入ると、掛け軸などが目に入る。しかし生活の匂いがない。
「ははん。開放しているんだ。見学できるように」
 三村はさらに奥へ進む。実際には表に向かっているのだ。奥から侵入したので。
 廊下から正門の一部が見える。さらに近付くと正面玄関に出た。衝立があり畳敷きの二畳ほどの間がある。時代劇でよく見るような玄関先だ。真正面に門。
 三村は門まで行こうとしたが、靴を持ってきていなかった。裏口で脱いだままなのだ。
「しかし……」と三村は疑問を感じた。
 この屋敷が何かの展示用であったとしても、何も表示がない。リアリティーを出すために、今風なものを外しているのかもしれないが。それにしても天井に蛍光灯がない。照明がないのだ。
 ランプの時代の家かもしれない。行燈や提灯もない。そういう小道具を一切置かない展示なのだろうか。
 三村は廊下を小走りで戻る。そのとき、庭を見たが、しっかり手入れされている。
 何となく怖くなってきたので、三和土で靴を履き、そのまま裏玄関から出た。そして、通りをずっと歩いて行った。
 これは夢なのだが、人が一人も出てこない。
 
   了

 




2013年4月8日

小説 川崎サイト