小説 川崎サイト

 

安息の地

川崎ゆきお


 旅人は安息の地を探していた。そんな旅が出来るのは贅沢な話だが、それなりに旅費は持っていた。昔はこれを路銀と言っていたのだろう。銅銭ではなく、銀貨を持っている。だから結構な額ではないかと思える。
 その村に入ると「安息の里」と書かれていた。そのまんまである。こういう所はろくなことはない。しかし旅人は安息の地がここにあるのだから、願ってもない捜し物だ。そんな里があること自体知らなかった。
「安らぎの宿です。どうぞ」
 旅人は引っ張られるまま宿屋に入った。しかし、安らぎの宿というのはおかしい。宿屋とは安らげる場所のはずだ。わざわざ言う必要はない。だから、より安らげる宿なのか、他にはないオプションが付いているのだろうか。
「どうなんです」
 旅人は同宿者に聞いてみた。
「普通です」
「で、この村全体は」
「それも普通です」
「普通とは」
「よくある村里ですよ。まあ、宿屋があるので、それなりに大きい。旅の人が多いのでしょうねえ。安らぎの里かどうかは分かりませんが、特に危険な場所ではないです。だから普通です」
「里の人達は?」
「好意的ですよ。まあ、治安がよいのでしょうねえ」
「私は安らぎの地を探しています」
「あ、そう」
「ここがそうなんでしょうかねえ」
「書いてあるから、そうなんでしょ。決して悪い場所ではないですよ」
 旅人は今一つ納得できない。
「あなたも旅人ですか」
「私は行商です。二三日滞在し、もう商いは終わりました。次の村か里か町へ行きます」
 旅人は、ここで暮らすのは、どうだろうかと聞いてみた」
「この里に住むのですかな」
「はい、それが目的の旅ですから」
「生業はどうされます」
「金はあるので、働かなくてもいいのです」
「それはまた結構な身分で。あなた既にもう安らいでいるんじゃないのですか」
「いえいえ、そういう心境には至っておりません。だから、庵でも立て、そこで安らぎを求めたいと」
「庵ですか。贅沢な」
「いえいえ」
「私もあなたのような暇人になり、そんな旅に出てみたいものです」
「いえいえ、これもまた大変なんですよ。安息の地なんて、なかなか見つからないものです」
「まあ、ここはいいところですから、安らいだ暮らしが出来るでしょう」
 行商人は、もう一軒廻るところがあるといい、出ていった。
 その後、旅人は空いている民家を借り、そこで暮らすことになった。
 それで、ひと季節ほどは安息の日々を送った。
 次の季節、追っ手に見つかり、お縄になった。
 島送りとなり、結局そこが安息の地となった。実際には孤島だが。
 
   了




2013年4月9日

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