小説 川崎サイト



居場所

川崎ゆきお



 オフィス街に妙な場所がある。ビルとビルに囲まれ、それが目隠しになっているのか、そんな場所があることを知る人は少ない。
 多くはないが、そこを知っている人達がいる。この近くの勤め人達だ。
 元々ここは民家が建ち並んでいた。オフィス街が拡張され、住民が住む町ではなくなって久しい。
 ビルの並びの問題からか、妙な空間が空いてしまい、民家の敷地だけが残っている。既に建物はないのだが、土間の跡や柱の跡が残っている。立ち退き問題で放火されたのかもしれない。
 猫という動物は、そういう場所を見付けるのがうまい。人が通る道ではなく、こういった小動物の通路があり、実際にはそこがメイン通りなのだ。
 ビルの裏側の細い通路や、余地のような通路ではない透き間には一般の人には用はない。
 だが、その一般の勤め人の中で、猫のようにその通路の先にある廃屋跡を知っている者がいる。ただ者ではないが、ただの物好きという元気者ではない。
 その数は猫よりも多いかもしれない。オフィスから消え、ここに来ている。
 真冬などビルの風が木枯らしのように襲う場所で、当然暖房もない。それでも通う人はあとをたたない。決して面白い場所ではないのだが、妙に落ち着けるらしい。
 周囲のビルが絶壁のように囲う秘境で、隠れ里と呼ぶ人もいる。その言葉を人に発することはなく、内側の声として、自分の耳にしか届けない。
 そのため共通した呼び名はなく、それぞれが場所名を自分の言葉で名付けている。
 一人二人、三人と溜まることがある。なかには顔見知りもいるようだが、ここでは知らない顔でやり過ごすのが礼儀のようだ。要するに口をききたくないのだ。また、ここにいること自体を否定したい。
 ある人は学校の体育館の裏や、神社の裏の雰囲気と近いとも言う。
 この空間の主は年老いた野良猫で、その一族の住まいだ。子猫が産まれると、無表情な人々も表情が和らぐようで、親子の仕草をじっと見ている。
 ある年配の常連は子供の頃に作った隠れ家のような趣があると感じている。別に利用目的はないし、秘密基地として使っていると言っても、実用性はない。
 あるとすれば何となく居場所がある。……と感じることだろうか。
 
   了
 




          2006年10月3日
 

 

 

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