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立ち話
川崎ゆきお
「暖かくなってきましたなあ」
「暑いぐらいですよ」
葉桜も終わり、新緑の季節になっていた。
「今が一番いい季候です。もう寒くはない。日中は暑いほど。エアコンもいらない。部屋にいるときの服装と、外での服装が同じだ」
「そうなんですか。私は着替えていますよ。外に出るときはね」
「え、どうして」
「だって、部屋は部屋着ですよ。私の場合、ジャージです。これはパジャマでもあるのです。だからパジャマで外には出られないでしょ。私は花粉症でしてね。花粉を部屋に持ち込むようなもの。パジャマで外に出ると、布団の中にも持ち込むことになる」
「でも、近所の散歩ではいいでしょ」
「まあ、そうなんですが、ジャージに帽子は合わない。毛糸の正ちゃん帽ならいいんでしょうが」
「なるほど、色々と事情があるのですな」
「あなたは、ずっとジャージですか」
「そうですが、ずっと同じジャージじゃない。結構着替えます。汚れますからな」
「ジャージからジャージに着替えるのですか」
「そうです」
「電車に乗ってのお出かけでは、どうなります」
「そのときは当然着替えますよ。しかし、その機会が最近ほとんどない。町内で用事が済んでしまう。少し遠いところでもバスに乗る必要もない。自転車で行けます」
「それは私も同じです」
「以前は用もないのに街に出ていましたがね。電車に乗り、都会の息吹を感じながら人混みの中をゆく。昔は会社の帰り、うろうろしたものですよ。しかし、この年になると、その気が徐々に起こらなくなってきた。やはり毎日出ていないと駄目ですなあ」
「今はジャージ範囲内ですか」
「そうです。ロケーションが随分と違ってしまったんだが、住めば都ですよ。これは慣れだと思いますなあ。毎日見ているものに馴染みが出来る。この散歩コースもそうです。一日空けるとちょいと風景が違う」
「そうですねえ、私も一日空けると気になります」
「え、何が」
「だから、気に」
「気になるとは？」
「ああ、昨日は出なかったなあ、程度ですが」
「僕は雨の日でも出ますよ」
「私も小雨程度なら」
「これは何でしょうねえ」
「習慣だと思いますよ」
「まあそうなんでしょうなあ」
「だから、この散歩コースを歩くことを禁じられると、非常に寂しいことになると思います。まあ、誰も禁じないでしょうがね」
「抜いてはならぬ習慣になっているようなものですなあ」
「特に何かがある場所じゃないのですが。根付いたのです」
「根付いた？」
「最初はやることがないから、このコースに出ていたのですがね、今じゃここを通らないと落ち着きません」
「それは通勤風景と同じかもしれませんなあ」
「そうそう。特に自分とは関わってこないんですが、その距離感がいいのでしょう」
「いやいや、長話になりました」
「こちらこそ」
二人は、背を向けた。つまりすれ違い際の立ち話だった。
互いに「そうではない」と言うことが多々あったが、言い張るようなことでもないので、自己主張は控えた。
仕事の打ち合わせではないので、それで、いいのだろう。
了
2013年4月20日