小説 川崎サイト

 

落ちた椿

川崎ゆきお


 何かが起こっているわけではない。特に異変でもない。
 竹田はちょっとした変化に敏感な人間だ。暇なので大きな変化がないためだろうか。だから、身近なものの変化に気付きやすい。
 地面に椿の花が落ちている。昨日はなかった。まるで首を落とされたように落ちている。花びらが徐々に飛び散ったのではなく、咲いているときと同じ形のまま落ちている。
 竹田は「椿の花は縁起が悪い」と聞いたことがある。ポロリと落ちるためだ。まるで生首のように。
 椿の木があり、花が咲いているのは知っていた。しかし、その地面に赤いものが落ちていたのは変化と言えば変化だ。ただ、落ちなければ造花だ。そのため落ちるのは分かっている。昨日は落ちていなかっただけのことで、いつかは落ちる。
 ちょっと変わった品種の桜の花びらも落ちていた。道路の隅、側溝などに溜まっている。これはそれほど変化だとは竹田は思っていない。さらっとしているからだ。見た目も悪くはない。マンホールの上だけに溜まっていたりする。滑り止めのキザギザで流れないで残っている。これも「なるほど」と思う程度で、すんなり見てられる。
 しかし椿のポロリは違う。花びらがまだ全部くっついているのだ。生前の姿のまま。
 昨夜風が強かった。落ちる時期と風の強さが重なったのだろう。だから、昨夜の風がなければ、もう少し持ったかもしれない。そして、風の影響で木の下ではなく、少し離れたところに飛ばされいる。これは椿単独の現象ではない。風の太刀で介錯したのだろう。
 こういうことは、変化の少ない暮らしぶりほど目立ちやすい。また、忙しい生活ぶりなら、そんな椿の木があるような道を散歩しないだろう。それ以前に時間を惜しんで散歩さえしない。
 暇を余裕と解釈すれば、今まで気付かなかったことが入ってくる。他に刺激物がないためだろう。だが些細なことが気になりすぎるのも問題だ。
 さて、次なる竹田の興味は、その地面に落ちた椿が明日どうなっているかだ。風は今日も強い。また、その前は人通りも多い。子供がそれを持ち去るかもしれないし、蹴り飛ばすかもしれない。掃除の人が片付けるかもしれない。
 これは異変でも事件でもない。だから、いいのだろう。
 
   了

 



2013年4月23日

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