小説 川崎サイト



ホームの上

川崎ゆきお



 さて、どうするか。
 上田は外に出たものの行く先が分からない。外に出るのが目的で、そこから先は決まっていない。非常に不安定な状態だ。
 こういうとき、妙な事件に巻き込まれやすくなることを知っていた。大気が不安定な状態のときに飛行するようなものだ。
 しかし怖いほどに秋の空は青い。雲一つない。これもまた怖い。
 昼間の住宅地を歩くのは危険だ。不審者とは目的がよく分からない人を指す。
 上田は少し歩く。すぐに別の町内に出る。もうこの状態で上田の身元を知る人はいなくなる。犬でも連れていれば目的のある人になれる。挙動不審者ではなくなる。
 上田は駅へ向かうことにした。これなら目的が出来る。少なくても駅へ向かう人になれる。道沿いには用がなく、ただ通っているだけの通行人になれる。
 しかし、昼間駅に向かう人は少ない。それでもこの道は駅へ向かう道であることを道沿いの人々は知っているので、踏み外した道ではないだろう。
 上田が失敗しているとすればバッグ類を持って来なかったことだ。例えばビジネスバッグなどを持っていればお守りになったはずだ。
 外出のとき必要な物はポケットに入れている。それに今日は用事がないのだから、バッグを必要とするような物もない。
 駅前に近付くほど場所の風通しがよくなる。不特定多数の人々が行き交う。
 さらにホームに出ると、もう全員が匿名の人々となり、何処の誰だかが分からなくなる。
 これで上田の目的は終わった。そこから先の目的地は考えていない。とりあえず駅前に出たのだが、勢い余って自動改札にカードを入れてしまったのだ。カードなので行き先はない。好きな駅で降りればよいのだ。
 次に来た電車に乗れば都心部へ向かう。しかし上田には用事がない。
 ホームに人が並び出した。幸い上田は待ち位置から離れた場所に立っていた。電車待ちに参加していなかったため、勢い余って乗ってしまうことはないだろう。
 しかしホームで列にも加わらないで立っているのはおかしい。それに気付き、歩きだした。
 ホーム内にパーラーがあることを思い出し、そこに入った。
 椅子が一つだけ空いていた。全部がカウンター席だ。
 上田は腰掛け、コーヒーを注文した。
 そして客層を見て驚いた。嫌なものを見たような気になる。親しみを覚えると言えばよいのかもしれないが、どの客も上田と同じ匂いが漂っている。
 次の電車が入って来ても、立ち上がる人はいないだろう。
 
   了
 




          2006年10月8日
 

 

 

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