読後の寂しさ
川崎ゆきお
「本というのは寂しいねえ」
読書を趣味としている岸和田が言い出す。
「悲しい本でもお読みになりましたか」
「いやそうじゃない。読み終えると、そこで終わってしまう。あの世界はもうない」
「続編が出ているのでは」
「それも読んだ」
「じゃ、別の本を読まれればいいのではありませんか」
「まあ、そうなんだが、あの続きが読みない。いや、続きではなく、あの世界にまだいたいんだよ。本の中の世界だがね。まあ、もう一度読み返せばいいんだが」
「そうですよ。読み返すと、また違ったものが見えてきますよ」
「それは食べ残した魚に残っている身を探すようなものだ」
「その作者の別の作品を読めばいいのではありませんか」
「それは、ありません……だよ」
「じゃ、似たような作者の本を読めばいいのです」
「そうだなあ。しかし、あの人達は何処へ行ったのだろう」
「え?」
「だから、本の中に登場する人達だよ」
「本の中にいるのでしょ」
「居ることは居るが、それ以上変化せん」
「それなら、あなたがその続きをお書きになれば如何ですかな」
「え、僕がか」
「そうです」
「書けるかなあ」
「書けなくても、その作品の中の人々とまた接触出来ますよ」
「なるほど」
岸和田は、他人の作品の続きを書き出した。そして、一話を完成させた。
「書き上げましたよ」
「ほう、どうでしたかな」
「あの登場人物達が動き出しよった。僕が動かしているのか、彼や彼女たちが勝手に動いているのかは分からんが、これでもう寂しさはなくなった」
「それは良かったですなあ」
「まあ、読んでみてくれ」
「はい」
それは短い話だった。
「どうじゃ」
「……」
「どうした」
「……」
「なぜ返答せん」
「……」
「これ、どうした」
了
2013年5月3日