小説 川崎サイト

 

魔法使いの娘

川崎ゆきお


「あそこはどうなったのかなあ。もう二度と行けないけど、もう一度機会があれば行ってみたいと思うよ」
「それは何処なんですか」
「全体はまだ分かっていないんだけど、一番印象に残るのは魔術師の渓谷だよ。攻撃魔法を使う。火の玉を撃ってくる。これはとある邪教の訓練所のようなものでね。キャンプ地かもしれない。あれには往生したよ」
「もしかして、それはファンタジー世界の話でしょうか」
「ゲームだよ」
「ああ」
「あのゲームは古いパソコンでないと動かない。ソフトももう売っていない。中古であるかもしれないけど、それを動かすパソコンは、もう売られていない。あるかもしれないけどね。中古で。しかし、わざわざそんなものを買ってまでやるほどのことでもない」
「どんな画面でした」
「3Dだよ。非常に広い世界でね。山あり谷あり海あり島あり、妙な民族が住んでおる村もあるし、騎士のいる城下もある」
「はい」
「一緒に連れて行った娘がおってね。この子が魔法が使えるんだ。だから回復魔法のお世話によくなった。本当は戦士だったんだけどね、魔法を覚えさせたんだよ」
「あのう」
「退屈かね」
「いえ、続けて下さい」
「じゃ、その、あのうは、何だい」
「いえ、何か質問をしようと思ったのですが、忘れました。気にしないで続けて下さい」
「じゃ、続ける。その娘がね、例の魔術師の渓谷で、攻撃魔法を使ったんだよ。そして、大活躍さ。一緒に連れてきてよかったと思ったよ。彼女は耐魔力もあってね。どんどん渓谷の奥へと先頭切って進み、キャンプ地のテントで、ボスを倒したよ。
「はい」
「それから、町に戻ったんだが、宿屋でいなくなった」
「はあ」
「彼女が今何処でどうしているのかと思うと、涙が出てくるよ」
「はあ」
「もう二度と会えない。いや、古いパソコンとソフトさえあれば、また会えるかもしれないが、同じあの娘と出会えるかどうかは分からない。彼女とはバーで知り合ったんだ。あのバーには色々な人がいてね。いつも同じ人がいるとは限らない。それに、一緒に連れて行こうとしても、相手にも意志がある。断られることもある」
「要するに」
「何を要約したいんだ」
「つまり、現実の話ではないのでしょ」
「そうだよ」
「だったら……」
「だったら、何だい。どうでもいい話だと言いたいのかね。しかし私のこの感情は現実のものだ。もう一度、一からあの娘と出会い、また一緒に冒険に出たい。今度は丁寧に育てる。実は彼女は何度も死んでいてね。悪いことをしたと、今では悔やんでいる」
「はい、では、もうそのぐらいで」
「我慢して聞いてくれてありがとう」
「いえいえ」
「一度誰かに話したかったんだ」
「はい」
「これで、すっきりした」
 
   了




2013年5月4日

小説 川崎サイト