小説 川崎サイト

 

揺れる人型

川崎ゆきお


 フォアンと部屋の中に渦が出来、やがて人型になった。
 大石にとって、それは急なことだった。自室でパソコンモニターを見ているとき、目の右側で何かが動いた。最初はフワッとしていた。机の左側は窓で部屋の端。右側はややスペースあり、壁と本棚と襖。動くようなものはない。
 パソコンモニターにはウェブページを表示されている。そこにある広告が二枚の絵を交互に動かしている。それが眼鏡のフレームにでも反射したのだろうか。または頭を動かしたため、反射物を拾ったのかもしれない。たまにぴかっと光ることがある。しかし、フワッとやフォアンはない。そして反射ではなく、大石と襖の間の空間に、人型が浮かび上がっている。右側を見たのだから眼鏡の端ではなく、正面だ。
 その人型はぼんやりとしているが、位置がある。襖から一メートルほどの距離だ。大石からだと二メートル先だろう。そこにちょうど畳みの縁がある。だから、その真上だ。
 大石は背筋を伸ばし、やや上から見る。すると僅かだが、それの上が見える。今度は椅子をシーソーのようにそらすと、その像の分厚さも分かる。つまり、同じ空間内にある立体物なのだ。しかしまだ出きっていないのか、ぼんやりしている。ものがそこにあるのだが、ピントが合っていない感じだ。
 ピントとは距離を得ることでもある。それがなかなか合わないのは、近いのか遠いのかがまだ確定していないことになる。と言うより、確定させてはいけないのだ。つまり、まだ同じ空間内にいない可能性も残っている。また、最初からぼんやりとした形なのかもしれない。そういう物体だと仮定して。
 ただ、おそらくこれは近付いても触れられないようなものかもしれない。
 最初は渦だったが、やがてその動きが静まりだしたのだが、まだ揺れている。
 頭があり、胴があり、足がある。足は畳の上から出ている。腕の形は分からない。頭はあるがその中にあるはずの顔がよく分からない。
 どうしたらよいものかと大石は思案した。そんな余裕があるのだ。驚かないことが逆に不思議だ。
 そして人型は揺れているが、それ以上変化はない。
 大石は向こうから仕掛けてくるのを待っていた。しかし変化はない。
 そこで椅子から立ち上がる。その人型は大石より背が低いことが分かる。近付こうとしたが、まだ正体が分からないので、様子が分かるまで動くのは危険だ。しかし、このようなものの正体などすぐに分かるはずはない。
 ただ、空気が揺れているだけのことかもしれない。だから、近寄って触っても何もなかったりする。
 人型は揺れているとはいえ、半透明ではない。後ろの襖の柄が見えない。
 その人型に向かって突っ込むと、あっちの空間へ入り込んでしまいそうだ。しかし、穴ではない。それに大石よりは小さい。入り口としては狭い。
 検索。
 大石はパソコンに向かい、人型、揺れる、等をタイプした。
 空間に像を表示させる装置まで辿り着いたが、そんな装置は大石の部屋にはない。
 小さな穴から光が差し込み、部屋のチリやゴミを映し出す。そういうところまで調べた。しかし、今日は曇っている。
 そして、フッと右側を見ると、人型は消えていた。
 不思議とそのことでも驚かなかった。さらに不思議なのが、そんなことがあっても普段と変わらないで過ごしたことだ。
 それは部屋の壁に飾ってある絵を見て、ああ、あるなあ、と思う程度のレベルなのだ。
 二三日後、大石はもうあの人型のことなどすっかり忘れたようだ。思い出すことがその後あったとしても、ああそう言うこともあったなあ、程度だろう。
 
   了




2013年5月10日

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