小説 川崎サイト

 

金魚の石

川崎ゆきお


「暑くなりましたなあ」
「もう夏でしょうか」
「いや、まだ梅雨も来ておらんから、も少し先です」
「こんなところで何を?」
 二人は河原にいる。
「金魚の石ですよ」
「ああ、水槽に入れる」
「そうそう。石と言っても様々ある。色目も色々ありましょう」
「はい」
「大小、形も違う。砂は駄目です。濁りますからね。大粒の砂はいいのですが、泥は駄目なんです。砂か泥か、そのあたりは微妙です。だから、先ずは砂利がよろしいかと」
「金魚を飼われておられるのですか」
「いやいや、そんな大層なものじゃありません。金魚すくいの金魚です。安物ですがね。あれは強いのです。飼いやすいですよ。冬場もそのままでいいですからね。ヒーターはいりません。ただし、小さな金魚鉢は駄目ですよ。あれはすぐに濁ります。藻などを入れるとね」
「詳しいですねえ」
「まあ、誰でも一度飼えば、分かる程度の知識ですよ」
「金魚ですか。僕も飼ってみたいなあ」
「動くものがいると楽しいですよ。大きな水槽なら水替えの必要もありません。水槽がなくても、ポリの箱でもいいんですよ。衣類を入れるような」
「はあ」
「水はねえ、蒸発します。だから減ります。そのとき足せばいい」
「楽しそうですねえ」
「いや、よく失敗しますよ。これは運のようなものですなあ」
「その石は新しい水槽用ですか」
「そうです。また一からやり直しです」
「ここの石がいいのですか」
「ああ、砂利ですか。この川には魚がいる。鮒とかね。だから、大丈夫なんです」
 老人は少し大きい目の石を指さす。
「これがメインの石です。水槽の親石です。親石は一つに限ります。似た大きさのを入れると駄目です。かなり差を付けないと。それと石と石の間に石を乗せ、橋などを作っては駄目です。金魚の隠れ家になるかもしれませんがね。水槽なので敵はいない。だから石で遊ばないことです。庭園じゃないのだから」
「はい」
「それと、苔が付いている石がいいですなあ。ここに目には見えないが、微生物が潜んでいます。危険なのがいるかもしれませんがね。汚れを食べてくれる微生物もいるのですよ。それは売ってますがね。それが入っていると、水は綺麗です」
「その微生物は見えますか」
「ウジャウジャいると見えます」
「ほう」
「水は、この川の水がいいんですが、今日は石だけでも重いので、明日水だけ運びます。石もそうですが、洗わないでそのまま沈めると、何かが出てきます。沸いてきます。当然ここで汲んだ水の中にも何かいます。稚魚がいたこともありますよ」
「楽しそうですねえ」
「寿命がありますからね。悲しみもあります」
「ああ、ペットですからねえ」
 老人は砂利と親石をビニール袋に詰め、自転車の荷台に乗せた。
「お気を付けて」
「ああ」
 老人は土手の急坂を、自転車を押しながら登って行った。
 残された男は川面を見ている。
 久しぶりに人と話したようだ。
 
   了



2013年5月11日

小説 川崎サイト