小説 川崎サイト

 

赤いカッパ

川崎ゆきお


「雨が降ってきましたなあ」
「小雨です」
「春雨じゃ、濡れてまいろう……ですか」
「それは月様、雨が……ですかな」
「そうです。月形半平太です」
「長州の人がモデルでしたかな」
「桂小五郎。後の木戸孝允」
「わしは土佐の武市半平太かと思ってました」
「そうですか」
「月形半平太と鞍馬天狗はどんな関係でしたかな」
「さあ、そこまでは、どちらも実在していませんから」
「なるほど」
「これは、降らないと思いますよ」
「ああ、雨ねえ。しかし、降っておるではないですか」
「降っていても、これは小雨です。傘は必要ないかと」
 二人は公園の東屋にいる。一応屋根はある。
「わしは遠いのでなあ。小雨とはいえ、その間濡れ続けると、やはり辛い。あなた近いんでしょ」
「すぐそこです」
「じゃ、それほど濡れない」
「はい」
「今のうちに帰った方が良さそうですぞ。この雨、強くなりそうじゃ」
「分かりますか」
「分からんが、油断しておると、本降りになる可能性がある。まあ、油断とは関係なしに降るときは降るが」
「油断ですか」
「ずっと小雨だと思うのは勝手だが」
 言ってる間にやや雨脚が強くなる。雨の線が見える。地面の色も見る見るうちに変わる。
「来ましたねえ。あなたの予報が当たった」
「お近いのなら、走ればそれほど濡れないでしょう」
「どうしようかなあ」
 雨は更に強くなり、ザーザーと音が加わる。
「これじゃ、濡れます。待ちます」
「しかしだ。いつまで待てばいいのかは分からん」
「小雨になるまで待ちます」
「半日かかると大変だぞ」
「そうですねえ」
「一時間も長い」
「はい」
「三十分も長い。十五分ほどかな」
 そして、十五分経過した。雨の降り方は変わらない。
「じゃ、行きます」
「行くか」
「はい」
「あなたが家に帰る頃に小雨になっていたりする」
「あります。不思議にそういうことが」
「それで、もう少し待つ。しかし、やはりまだ小雨にはならん」
「あります。それも」
「そんなとき、家に帰ってもまだ降っておれば、納得できる」
「そうですねえ」
「じゃ、わしはそろそろ行くことにする」
「本降りですよ。それに家は遠いのでしょ」
 男は鞄からカッパを取り出した。
「ああっ」
「備えあれば憂いなし」
「傘じゃなく、カッパなんですか」
 男は、下を履き、上を着た。真っ赤なカッパだった。
「じゃあな」
 きっとこれを見せたかったに違いない。
 真っ赤な唐辛子が雨中をゆく。
 
   了





2013年5月13日

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