小説 川崎サイト

 

もう一人いる

川崎ゆきお


 朝起きると、もう一人の自分が横で寐ていたら、驚くだろう。
 それが横向けで寐ており、背中が見えている。自分の後ろ姿など普段は見えない。だから、記憶を手繰っても出てこないが、写真や鏡に映っている後ろ向きの自分もある。しかし、それだけでは誰だか分からないかもしれない。
 それよりも、本体はまだ寐ている方で、それを見ている自分は魂だけの存在かもしれない。そう思い、蛍光灯のスイッチを押す。すると部屋が明るくなる。自分が幽霊のようなものなら、電気はつかないだろう。それで安心するのだが、もう一つだめ押しで、トイレへ行く。そして無事に用が足せたとすれば、しっかり肉体のある存在だと確信出来る。
 では、布団の中で、寐ているもう一人の自分は誰なのだろう。
 そういうことはあり得ないことなので、いくら想像しても分からない。また、そんなことを考える機会もないだろう。
 しかし、本当に寐ているのだとすれば、そのうち起きてくる。すると、自分が二人いることになる。別の肉体なので、意識も二つあるのだろうか。
 実はそうではなく、寐ているもう一人の自分こそが幽霊ではないか。そう思い、そっと触ってみた。
 すると手応えがあり、少し動いた。死体ではない。
 これはやばい。
 考えられることはまだある。他人だ。横向きで背中を見せて寐ている。顔を見ていない。
 そのもう一人の自分は下半身は掛け布団の中だ。先ずは身長を見る。
 微妙だ。似た身長かもしれない。
 では、友達を泊めたのだろうか。それなら布団を一組用意するはずで、一緒に寐るわけがない。
 その条件を満たすとすれば、異性かもしれない。しかし、その記憶はない。それに背中や後頭部は男だ。すると……。
「と、いうことなんだ」
 その話を竹田は友人にした。
「つまらんことを思うものだね。暇なんだろ」
「もし、そうならば、という話だよ」
「可能性がゼロの想像だよ」
「ただの思いつきでもいいから、そういうことで、人はどんな判断を下すのかを考えているんだ」
「それで、答えは出たの」
「ああ、無理に当てはめることは出来るけど、わざとらしい」
「そうだろうねえ。辻褄合わせになる」
「うん」
「しかし、想像するのは楽しいねえ」
「そうだろ」
「でも、あまり人に言わないほうがいいぜ」
「ああ」
 
   了



2013年5月14日

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