小説 川崎サイト



システム手帳

川崎ゆきお



 藤田は同僚の清川のシステム手帳を見てしまった。びっしりとアイデアが書き込まれている。こんな男と社内で競い合っているのかと思うと不安になってきた。
 太刀打ち出来ないと言うより、清川のことを尊敬してしまった。
 藤田は見なかったことにし、システム手帳を綴じた。
「これ、忘れてたよ」
 仕事場に戻った藤田は、清川に手帳を渡す。
「何処にあった?」
「社食だよ」
「ああ、早く見つかってよかった。ありがとう藤田君」
「いえいえ」
「見た?」
「何を?」
「中」
 見ていないとは答えられない。見ないと持ち主が分からないからだ。
「ちらっとね」
「そうか」
「診察券を見ただけだよ。それで君のだと分かった」
「うん、歯医者に行ってるからね」
「じゃ」
 藤田はデスクに戻ろうとした。
「待って」
「何か?」
「あのさあ、言わないでね、書いてあることを」
「だから、読んでないから」
 他の社員が聞き耳を立てているのを感知したのか、清川はそこで止めた。
 定時で藤田は社屋を出た。オフィスビルから駅前へ人の流れが続いている。
「藤田君」
 追いかけてきた清川が藤田の横に並んだ。
「さっきの続きなんだけどさ。言わないでね」
「だから読んでないから」
「あそこに書いてあることは希望なんだ。実践しているわけじゃないんだ」
 藤田はそれでも清川は偉いと思っている。藤田はそんな努力はしていないからだ。
「僕と君は、いつも見比べられている存在で、優秀なほうが先へ進めるんだ。僕は負けると思う。だから手帳に色々なことを書き出して、反省材料にしているんだ。偉そうなことも書いてあるけど、あれは全部本からの引用なんだ。僕が考えたことじゃない」
 藤田は熱心に弁解する清川を見て、やはり自分の負けだと悟った。
 その年の幹部候補に上がっていたこの二人は、揃って落ちたようだ。
 
   了
 





          2006年10月14日
 

 

 

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