小説 川崎サイト

 

笹舟

川崎ゆきお


「これは作った夢ですがね。聞いてもらえますか」
「作った夢?」
「実際に見た夢じゃないのですが、こんな夢もあるような気がしましてね。実際のところ、そんな夢を見てもおかしくないほどですよ」
「夢を創作されたのですか」
「はい、起きて」
「まあ、いいでしょ。お話し下さい」
「笹舟です」
「ほう」
「子供の頃、笹舟を浮かべました。雨のあとなんかに流して、競争させたりするんです」
「はい」
「その夢は大人になった私が笹舟を浮かべたその場所へ行く夢なのです。そこは近所にあります。ところがそのドブ川はもう蓋をされていましてね。夢の中でもそうです。歩道になっているのですよ。川は下を流れています。暗渠ですね」
「はい」
「大人になった私は、その中に入って行くのですよ」
「それは作り話ですよね」
「歩道はただの蓋ですよ。そこに隙間がありましてね。大人でも入れるような。まあ、夢ですから実際にはあり得ないですがね。五十センチほど外れているんですよ。歩道にそんな切れ込みがあれば、危ないでしょ。でも夢の中ではあるんです。だから、飛び越えないと落ちてしまう。私は笹舟を浮かべたいので、ちょうどいい。そこに落ちました。深さも知ってます。足首ほどですよ、水かさは。これでも多いんでしょうねえ。下水管が出来たので、このドブ川は雨水程度です。昔は米粒やソーメンなんかが流れてましたよ。今は雨水だけです。でも何処から流れてくるのでしょうかね。不思議です。誰かが上流で直接流しているんでしょうねえ。まあ、それはそれとして、私は暗渠に入り込みましたよ。トンネルですよ……まるで。立って歩けるほど高くはないので、腰が痛くなりました」
「それで、どうなりましたか」
「はい、笹舟なんですが、暗いので浮かべても面白くないのですよ。それより、私が笹舟になりました」
「あなたが笹舟に?」
「気が付けば、私は笹になってました」
「ああ」
「するとですよ。深いんです。足首程度の水かさでも笹になると深いんです。小さな土管から水が落ちてきます。それで波が立ち、危ない危ない。しかし、私が笹舟ですからね。私が笹舟に乗っているんじゃない。笹舟そのものが私なんです」
「それで、どうなりました」
「そのドブ川より大きな運河のような排水溝に落ちました。それで一巻の終わり」
「あのう……」
「はい」
「お話はお聞きしますが、今度は本当に見た夢をお話し下さいね」
「駄目ですか。この笹舟の夢」
「創作ものはちょっと……」
「扱っていないと」
「はい、そういうことです」
 
   了



2013年5月24日

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