小説 川崎サイト



濃い顔

川崎ゆきお



 タバコが切れているのは分かっていた。吉村はそのときに買っておくべきだと後悔したが、些細な後悔で、後悔と呼べるような後悔ではない。
 吉村は最後の一本を吸いながら時計を見る。十一時二分前だ。今から走れば近くの自販機まで行ける時間だ。
 吉村はアクセス解析を見ていた。ネットショップに来た人々の痕跡が分かる。それに熱中し、タバコを買いに行く行為を取りやめたのだ。
 アクセス解析をいくら調べても儲かるわけではない。しかし買わないまでも来店した人の気配が残っている。
 その日は気配だけで実際にカートに商品を入れた人はいない。
 それでも気配が昨日よりも今日、先月よりも今月の方が多いと嬉しい。誰も来ないショップよりは遥かにましだ。
 吉村はそれを見終わり、一段落ついたのでタバコを買いに出た。十一時を過ぎたところなので住宅地の窓はまだ明るく、玄関先も光を落としていない。
 自販機ではもう買えない時間なのでコンビニへ行く。一番近くのコンビニは吉村の吸う銘柄を置いていない。
 置いているコンビニは徒歩では時間がかかる。吉村はミニサイクルにまたがった。
 タイヤサイズが小さいためか、路面の凹凸がモロに頭に響く。
 目指すコンビニの方向に、十一時を過ぎても買える自販機がある。コンビニよりは少しだけ遠いが、コンビニのレジで手渡しでタバコを受け取るよりも、黙ってゲット出来る自販機の方が人と接する必要がないので気楽だ。それにその自販機は裏道沿いにあるため、走りやすい。
 吉村は対人恐怖症ではないが、初めて吉村を見た人は必ず同じことを考える。妙な顔立ちなのだ。配置の問題で部品の問題ではない。相手を驚かせるつもりはないし、余計な刺激を相手に与えるのは迷惑だろうと思っている。
 ネットショップなら顔を合わせなくてもよい。吉村向きの職種だ。
 自販機が近付いた。タイマーのようなものを切っているのか、または故意に古い自販機をそのまま使っているのか、十一時を過ぎてもタバコが買える。
 吉村はその自販機の前にミニサイクルを止めた。
 コトンとタバコが落ちた。吉村は屈み込んで取り出す。
 自転車に乗ろうとしたとき、犬の唸り声のような音がした。
「ありがとうございます」
 そう聞き取れる。
 吉村は周囲を見回した。
 自販機の背後は家の壁で、小さな窓から人を驚かせるに十分な顔が覗いていた。
 老婆は窓からアクセス解析でもしていたのだろうか。
 吉村はそう思いながら、その顔が早く記憶から消えるように祈った。
 
   了
 
 
 


          2006年10月15日
 

 

 

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