小説 川崎サイト

 

今宵出る

川崎ゆきお


 古い木造家屋の長屋に引っ越した立花は、夜中妙な気持ちになった。幽霊屋敷に近い雰囲気だが、それよりもやや穏やかだ。
 昔からあるような日本家屋は、襖や障子で仕切られている。襖を取り払うと数部屋ぶち抜かれ、非常に広い部屋になる。
 以前誰が住んでいたのかは分からない。それを知ると怪談に肉を付けることになるので、聞かないようにしている。不動産屋もそれには触れていない。言う必要がないのか、または、隠しているかだ。ただ、その不動産屋は大きなチェーン店で、地元のことはよく知らないようだ。
 立花はこの家で初めての夏を迎えた。エアコンがないため、暑いので、風通しのため、仕切りを取り外した。すると数部屋先の窓から風が入るようになった。
 この家を借りるとき、間取りを見て、まるで鰻の寝床のように細長いことを知ったのだが、一人暮らしなので、全て自分の部屋になるため、気にしなかった。つまり、これだけの部屋数は必要としないが、空きスペースとしての意味がある。使っていなくても、空き部屋があるほうが、伸びやかだ。
 寝るとき、数部屋先の窓まで見られる。いつもは襖で止まってしまうのだが、その先がある。かなりの距離だ。遠くを見ながら、ウトウトすることになる。
 怪談などはすぐに起こる。もうこの状態で、出てきて下さいと言わんばかりだ。ただ、立花はそれを期待しているわけではない。風通しのためなのだ。
 寝るときは電気を消す。ほぼ真っ暗だが、硝子窓からの外光で暗闇ではない。その明るさは日により違う。寝室としている部屋の窓からの明かりもある。これは隣の家の二階から光が漏れてくる。その住人が遅くまで起きているときは、ほのかに明るい。
 突き当たりの窓の向こう側は道だ。車はほとんど入ってこない。電柱があり、外灯が付く。その明かりもほのかに差し込むが、窓がやや白っぽく見える程度。
 そして、枕を高くし、ぶち抜いた部屋を眺めていると、白いものが走った。これはすぐに正体が分かった。その狭い道路に入り込もうとした車が、曲がるときのライトが走り、それが何処かに反射して、部屋に差し込んだのだろう。その証拠に、その後、窓が明るくなり、そしてエンジン音が聞こえた。
 光が横切るだけでは弱い。もっと具体的なものが出ないと、それらしくない。
 家の中を狐の嫁入り行列など通り過ぎないだろう。だから、家屋内にふさわしいものが現れるはずだ。
 なぜか立花は行列を期待している。それなら許せるからだ。そして横切るだけなら。
 古都で生まれ育った立花は葵祭や時代祭をよく見ていた。コスプレで練り歩いているようなものだが、あれは団体さんだ。武者姿の人が一人だけ歩いていると怖い。個人なので、何をするのか分からない。団体だと、統制が取れている。それに数が多いと、賑やかでいい。あまり陰に籠もらない。
 次に見たのは、飛び交っているものだ。白いものが飛んでいる。これは蛾だろう。これも数秒で謎は解けた。
 そして、今夜も寝る前、枕を高くして、ぶち抜いた部屋の暗闇を見ている。決して真っ暗ではないので、それなりに見所がある。
 本物が出ると怖いのだが、今宵も何も出ぬようだ。
 
   了



2013年5月28日

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